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まるで
しおりを挟むそういえばミチルの誕生日に甘いものを贈ろうと思っていたということを不意に思い出す。それで小夜に相談したかったんだ。あの時はできたらなあという願いだったけれど今なら叶えられそう。すぐに言葉にしたくなった。もう彼の誕生日は終わってしまったけれど、できるだけ早いうちに贈りたい。
「小夜ちゃん……あのね、相談が、あるんだけど」
なあに、と小夜はいう。
「あとでもいい? あまり時間がないから」
分かった、と春人は言った。
ところで自分たちはどこに向かっているんだろう? 初めにそれを聞くべきだった。アイスクリームのフレーバーの話をしている場合ではなかった。
「話はちゃんと聞くし、それに力にもなるわ」
小夜が続けた。
春人は小夜の方を見る。小夜が魔法をかけるようにウィンクした。
「友達だからね」
春人はとても感心した。真似はできそうにない。
こんなに自然にウィンクできる女の子は今どきそうそういないだろう。
小夜は一階の校舎の端に続く曲がり角で足を止める。一番奥を指さして春人に言った。
「理科室にどうぞ。話がしたいんだって」
「だれが?」
「行けばわかることでしょ」
「……小夜ちゃんなんかちょっと冷たくない?」
小夜は笑う。
「まるでアイスクリームみたいに?」
「いや……そんな上手いこと言ったみたいな顔されても……困るんだけど」
くすくす笑う小夜はうさぎみたいでとても癒される。
「さっぱりしただけよ、クリームチーズみたいに……ストロベリーチーズケーキのフレーバーもいいわね……さぁ、早く行きなさい」
はぐらかされている感じがしていまいち釈然としなかったけれどとりあえず行ってみることにした。数歩廊下を進んで後ろを振り返ったら、小夜の姿はもうない。足が早すぎる。
春人は短いため息をついた。
校舎の一階は特別教室しかないから生徒の影はない。小夜がいなくなった途端静寂が耳について緊張する。深呼吸して、理科室の扉を静かに開けた。
たった一人、野乃花が真ん中の机にポツンと座っている。
顔に表情はなく姿勢を正して真っ直ぐ視線を向けている姿はマネキンのようだった。野乃花は春人が扉を開けても、こちらを見向きもしないで据わっていた。まるで時が止まっているかのようだ。
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