上 下
81 / 103

なんて酷いんだろう

しおりを挟む



 なんて酷いんだろう。心の中で謝った。こんな美しいICHIKAのオートクチュールを、こんなに無様な姿にさせてしまった。自分はなんてクズなんだ。

 水滴が落ちるようなイメージ、一滴、一滴とぽたぽた水が落ちて波紋を作っていく。音が聞こえるような気がした。反響していく。心臓の鼓動が聞こえる。こめかみの汗が落ちていく。はっとして目を開けた。

 まだ生きてる。

 少し眠っていたみたい。

 時間感覚がもう分からない。

 傷と乾いた血で張りつめた指を動かす。動かせた。春人は恐る恐る硬くなったシーツに手を乗せて、ゆっくり起き上がろうとした。長い長い時間をかけ、痛みが通り過ぎるのを待ちながら、少しずつ上体を起こしていく。じゃらじゃらと手錠と首輪を繋ぐ鎖が音を立て耳障りだ。その冷たさが酷い熱を持った傷を優しく滑っていく。

 壁際の大きな姿見のほうに視線をやった。

 春人は思わず笑ってしまった。赤い血が流れているなにかの生き物の内臓に飛び込んだ化け物みたいだ。醜い。これが僕? すごくおかしい。

 自分の手を見た。傷と血が張り付いて、骨ばって、ところどころ裂けてとても見られたものじゃない。関節を動かすのだって痛みで一苦労だ。

 もうとっくに人間じゃない。

 だれも愛してくれなんかするわけない。

 そう思った瞬間、信じられないくらいの卑しさを感じてしまう。この期に及んでまだ誰かに愛されたいと思っている自分がすごく惨めでさもしい。信じられない。

 目を閉じよう。もう二度と目覚めないことを祈って。

 目を閉じかけた。

 静かな空間を切り裂くような爆音がした。

 ガラスが勢いよく割れる音だった。カーテンがたなびく。春人は思わず耳と頭を血だらけの腕で覆った。窓から入ってくる風が寒くて縮こまる。

 砕けたガラスの破片が、まるで雨みたいに床に降り注いでいく。壊れた窓から風が吹いてきて、白い粒が入り込んでガラス片と一緒にきらきら光った。雪だ。外では早い雪が降っていたんだ。ガラス片と一緒に人影が見えた。

 その人はガラスの雨と一緒に床に降り立つ。つむじ風みたいに軽いステップで床に着地した。床に散らばったガラスが割れてばりばりと音を立てている……こちらに歩み寄ってくる。

 春人は言葉を失った。風で彼のちょっと長い髪が靡く。ネオンに反射した瞳は、透き通って果てしない。まるで宇宙みたいに。薄い唇が弧を描く。流れ星が降ったように彼の瞳はきらりと光った。





 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

聖也と千尋の深い事情

フロイライン
BL
中学二年の奥田聖也と一条千尋はクラス替えで同じ組になる。 取り柄もなく凡庸な聖也と、イケメンで勉強もスポーツも出来て女子にモテモテの千尋という、まさに対照的な二人だったが、何故か気が合い、あっという間に仲良しになるが…

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて── ※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。 ※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。 ※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あいつと俺

むちむちボディ
BL
若デブ同士の物語です。

処理中です...