ICHIKAのトルソーとハニーレモンフレーバーの夜想曲

６

この、ばか！

　逃げ出したい……、もう全部……全部終わりにしたい………。

　終わりに……。

　あったことを無かったことにすることはできないと芒は言った。でもあったことをなかったことにしたままで終わらせることはできるんじゃないだろうか。

　もう耐えられない。

　ぐさぐさした気持ちの悪い焦燥に駆られた絶望的ななにかが飽和してはちきれそうだった。

　春人は茫然と真っ赤な手で音楽室の窓を開けてベランダに出た。

　風が強く吹いている。

　四階の校舎は高い。空はすっかり暗くなっていた。

　今が何時なのかも分からない。夜空には晩秋の星が輝いている。月が東から遠くのビルを乗り越えてきていた。

　綺麗な空……。

　どこかの醜い鳥がどこかの綺麗な星に向かって飛んで死ぬ話が、あったような気がするな。大気圏を貫いて、空を飛ぶって一体どんな気分なんだろう。

　春人は深く息を吸う。

　ベランダの手すりに足をかける。

　溶け込むようなまろやかな心地がして、彼は空の中に飛び込んだ。

「ばか！」

　声が聞こえた、と思ったら体を思い切りコンクリートに打ち付けた。痛い。

　すごい痛い。

　打ち身に耐えていたら突然胸ぐらを思い切り掴まれた。


……僕は音楽室のベランダにいる。


「今なにしようとした！？」

　なに、と思った時には左頬を平手打ちされていた。

　信じられないくらい痛い。

「言え！　この、ばか！」

　あまりにも容赦ない力強い平手打ちで、春人は困惑した。視界に女生徒の姿が見えた。色素の薄いふわふわの長い髪に、伏し目がちな瞳。

「さ、よ……ちゃ……」

　小夜が座り込んでいる春人と向かい合うようにして座っていた。息が上がっている。目には涙が溜まっていた。

　なんで？

　なんで皆僕にそんな顔を向けるの？　なんで泣かせてばっかり。

「なにやってるの？！」

　小夜のこんな大きな声を聞いたのは初めてだった。びっくりする。