ICHIKAのトルソーとハニーレモンフレーバーの夜想曲

６

僕のせい

　なんでこんなことになったんだ？　どこからやり直せばいい？　どこからやり直せばこんな苦しみに気付かないまま生きていくことができた？　……中学の時、父が家に帰ってこなくなった当たりからちょっとおかしかったのかもしれない。あの時から母は夜に働き始めた。

　家に帰れば笑顔で迎えてくれていた母とはすれ違うことが多くなってしまって、すごく寂しかったんだと思う。会えば目に見えて疲弊していく母に余計な気を遣わせないようにと、自分のことを隠すようになった。

　でもこれは悪いことだったの？

　父が家に帰ってこなくなったのは、僕のせいなのか？

　僕のせいなのかもしれない、僕が二人を繋ぎ止める力がなかったから、母に辛い顔をさせてしまったのかもしれない。

　母は自分の仕事についてなにも言わなかったし聞いても濁されたけど、だいたいどんなことをしているのかは中学生の僕にも容易に想像がついた。

　まとう匂いや雰囲気が、今までの母とは間違いなく違うものに変わっていって……僕は怖かった。僕は……父だけでなく、母にまで置いていかれるんじゃないかって。

　そんな時Ｉ区の一番大きなビルで見つけたショーウィンドウに、なんの後ろめたさもなく、威風堂々としていて、それなのに可憐で高貴なベビードールが飾られていた。

　ICHIKA。

　いみじくも……それは母の持っているベビードールと同じもので……僕は導かれるようにその中に入って行ったんだった。

　そこで出会った一人の男に夜の所作を教えてもらった。僕は気づいたらICHIKAなんて名前になっていた。そんな自分に……少しも疑念を抱かなかった。

　それなのに今、こんなに苦しい。

　ミチルに出会わなければよかった。

　優しさもこそばゆさも笑顔の魔法も知らずにいられたのに。僕はどう足掻いたってもう変わることはできない。こんなに傷だらけの右腕も、快楽を覚えた体も、全部もう元には戻せない。こんな浅ましい姿をミチルに知られたくない。僕を好きと言ってくれたミチルには……。

　嫌われるのが怖かった。

　そういう中途半端な気持ちを野乃花に見透かされたんだ。

　僕が悪いんだ。

　これは罰なんだろうか。ミチルの好きという気持ちを、決して弄んでいたつもりではなかった……。嫌いなんて思ったこと一度もないのに。

　でも、彼は確かにこんな僕と一緒になったって幸せになんてなれないんだろう。こんなに醜い僕を見たらきっと後悔するに違いない。自分はなんて人を好きだと言ってしまったんだろう、って……。そんな目で見られるなら、僕は身を引いた方がよかったのかもしれない。

　彼にはもっときらきらした未来が似合う。その宇宙みたいに美しい瞳で、ちょっと恥ずかしがり屋で、かわいい人を見つめた方がいい、一緒に、いたほうが……ずっと、……ずっと、幸せ、なんだ。