ICHIKAのトルソーとハニーレモンフレーバーの夜想曲

６

怖い

「だからもう……教室でも、話しかけないで……」

　突然肩を掴まれた。ずっと下を向いていた春人は思わず顔を上げてしまう。

　ミチルが、その宇宙のように輝いて透き通った瞳を、悲しみの色に染めながら、真っ直ぐ春人を見ていた。

　怖い。

　触れられているのが怖い。

　野乃花に見られているのではないかという恐怖心が、いつしか春人の中で、彼に触れられることを怖くさせてしまった。

　今すぐ離れないと、と振り解こうとするけれど、ミチルの力は思ったより強くて上手くいかない。

「春人……明日の約束覚えてる？  俺の誕生日、祝ってくれるって……」

　手に力が入らない。

「一緒に過ごしてくれる、って」

　膝から崩れ落ちそうだった。

「もう言わないで……」

　細い声しか出ない。

　ミチルの手は肩から離れず、恐怖心が腹の底からせり上がってくる。

　怖くて怖くて仕方ない。

「離れてよ！」

　春人は拒絶するように叫んだ。

「近づかないで！」

　手が離れた隙に、春人はミチルに背を向けて駆け出した。

　背中の方から声が聞こえてくる。

「春人、待ってるから、明日！　Ｆ区の噴水前、十五時に」

　その弾むような声に、春人は思わず立ち止まってしまう。そして、無性に顔が見たくなってしまった。

　きっと、彼は……。

「楽しみにしてる！」

　上品で、あどけなくて、いつも春人を元気づけてくれる変わらない笑顔。

　春人はため息をついた。

　自分が嫌になる。

　彼を置いて駆け出した。

　晩秋のささやかな木枯らしが身体中に突き刺さる。このまま風になってしまえば、こんな息苦しさも忘れてしまえるかもしれないと思った。