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幸せな日々

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「学校に知れ渡ったら退学させられちゃうね? せっかくお金もないのに必死で勉強していい順位キープして、優等生ぶって、地味なふりして、童貞みたいな顔して、なんとか通ってるのにね? 安形くん、どんな顔するのかしら、楽しみすぎて……」

 まるで絶望に苛まれている春人をさらに突き落とすように野乃花はよく喋った。暴力や体の痛みよりきついものがある。言葉の一つ一つに悪意があって、それが肌を通して痛いほど伝わってきた。

「お願い、いやだ……やめて……ください……やめて……」

 震える声で春人は言った。なんの意味も成さないと知りながらも乞うしかない。

 なんでこんなことになったんだろう。

 芒は言った。お前が普通の恋愛なんかできがない、と。相手も不幸にすると。そして、お前も幸せになれないんだ、と。

 こういうことなの? 芒さん、ねえ。分からない。

 僕はただ……ただ……あの人の……あの人に、近づいてみたかった。

 彼と一緒にいるだけで、僕は違う世界を見ることができた。狭いと思っていた世界が一気に広くなって、一人でずっと考えてきたことも、抱えていたことも、案外小さなことなのかもしれないって、心がすごく軽くなって、安心できて……それが心地よくて……彼が笑う度に、自分の中にある穢いどろどろしたものが、日に照らされた雨粒みたいに静かに消えていく気がして……一緒にいたいって、思っただけなのに。

「私もね、さすがに、可哀想だと思うの。でも仕方ないじゃない? 私はこの学校の誰も知らないあなたの秘密を知っているし、その情報の取り扱いについて、誰の指図を受ける権利はない。だってこれは、私が私の手で取ってきた情報なんだもの。だけど私に男の子を虐める趣味は無いし……だから、考えがある」

 顔を上げた。信じられない言葉を聞いているようだった。

「あなたは、私に、今、やめてってお願いした。だから、それに応えてあげる代わりに私もあなたにお願いする」

 野乃花が春人と目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。真っ直ぐ瞳を射抜かれる。

「安形くんと仲良くしないで。金輪際、もう二度と、絶対に。簡単でしょ?」

 彼女は言った。

「私と海で見てる。お前を監視する」

 くすくす笑っている。

「大体、お前みたいに、こんな醜くて、お金もなくて、身体も貧弱で、女の子よりも力がない人が、安形くんと釣り合うわけないでしょ」

 そんなこと言われなくなって分かってた。本当はとっくに分かってた。

 でも、思っていたよりもずっと、彼の笑顔は美しくて彼の体温は温かかった。元気をくれた。真意は分からないけれど、綺麗、って、褒めてくれた。皆が口を揃えて汚いと罵った僕を、綺麗って言ってくれた。

 まるで夢みたいだった。

 でもずっと夢を見ているわけにはいかない。幸せな日々だったと思った。




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