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痛い

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 彼女は今なんて言った?

 誰に『噛まれた』傷……? くっきりと歯型がついているわけでもないのになんで噛み痕だと分かる? 

「安形くんになにか言ったでしょ……」

 秋の夜のように乾いた声で野乃花が言った。質問とは裏腹に、とっくに確信を得ているというような明らかな自信に満ち溢れている。

「なにかってなに……」

「とぼけないでよ! 私と別れるように仕向けたんでしょ!」

「してない! 痛い! 離して……!」

 朝まで喘いでいたせいで枯れた声で叫ぶ。野乃花が投げ捨てるように春人の襟元から手を離した。

 なんで? なんで学校に来てまでこんな目に遭わなければいけないの……?

 野乃花の体が震えているのが分かる。春人を見下ろし仁王立ちした彼女は肩に力を入れて拳を思いっきり握りながら歯を食いしばっていた。

「昨日言われた、謝られて、もう一緒に遊べないって、私の気持ちには、応えられない、好きな人ができたからって、言われた……! あなたのことでしょう? ねえ!」

 音楽室でミチルが言っていたことを思い出す。

 ちゃんと打ち明けることにする、とミチルは言った。

 もう彼女の気持ちを弄ぶのは、いたたまれないから、と。

「中学の時も、高校に入ってからも、ずっと、ずっと安形くんに、好かれる努力をしてきたのに……あなたがいるから! 許せない!」

 それが正しいことだったのだろうか、と春人は漠然と感じた。ミチルくん、ねえ、あなたのこの選択は正しかったの? 授業をサボってこんなに悲しんで怒り狂っている野乃花を見ると、よく分からない気持ちになる。

 あなたの言葉を借りるなら、野乃花をずっと弄んでいた方が、彼女は幸せだったのではないの? 分からない。分からない、なにも……。

「なんなの? なんで急に仲良くなって……席が隣だったから? 男同士なら気付かれないとでも思ったの? ばかね。すぐ分かった!」

 彼女は目に涙を溜めて吐き捨てていた。

「お前がいなかったら……私の夢が……叶ったのに!」

 胸ぐらを掴まれた。女の子にこんなことされるのは初めてだった。すごく清潔な石鹸の香りの中に、なにか、嗅いだことのある、すごく嫌な臭いを嗅ぎとる。背中がざわざわした……。

「そもそも、あなたは安形くんのことをどう思ってるの?」

 涙に濡れた顔で野乃花は春人に聞いてくる。

 僕は、と言ったきり、言葉が続かなかった。




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