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その傷どうしたの?

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 ただでさえ整っている顔なのに、はっきりとした敵意を向けられると刃を首元に突き付けられているような緊張が体中を走る。

「大丈夫? 立てる?」

 どんな言葉をかけていいのかわからず、上手く状況も呑みこめない。優しい言葉とは裏腹に野乃花は容赦なく春人の襟を掴んで持ち上げた。傷が痛い。

 立てる、と言って野乃花の手をよけると、春人はなんとか立ち上がった。

「ついて来て」

 野乃花の後ろ姿は誰もが振り向いて目を向けてしまうような、まるで美しい高校生の模範のようだった。

 歩き方の所作もため息を吐いてしまうくらいで、細くしなやかな脚は健康的なのに白く輝いて見える。肩より伸びた黒髪が歩く度に弾んでいた。

「早く」

 立ち止まっていると振り返って睨みつけられた。美人は怒るとものすごい迫力がある。まだなにも話を聞いていないのに、こちらに非があると自然と思ってしまう。

 春人がぎこちない歩き方で、なんとか野乃花の歩幅について行った。身長は春人の方が若干高いけれど、野乃花の歩幅は大きく、隙もなく、洗練されていて、少しの迷いもない。

 誰の目も届かないような校舎の裏を通って通された場所は外にあるテニス部の部室だった。

 ここには一度だけお邪魔したことがある。

 野乃花が扉を開けて、入るようにと顎で指示してくる。すごく入りたくなかった。なんとなくもう分かってしまった。ほんとこういうことになると察しがいい自分が恨めしい。なにを言われるのか分かってしまった気がする。

 嫌だ、すごく嫌だ。

 戸惑っていたら突然腕を掴まれた。

「う、わッ……あッ!」

 普段の春人だったら、それをはねつけられたかもしれないけれど、心も体も生傷と青あざでいっぱいの体では少しの抵抗もできなかった。テーブルになんとか手をついたが、そのままガクッと膝が折れて、たまらず床に座り込んだ。腰に響いて、体が痙攣する。手を床について浅く息をしながら痛みが一刻も早く通り過ぎていくのを切に願う。

 扉が閉まった。野乃花が静かに鍵をかけるのが見える。春人は諦めて力を抜いた。彼女はまるで容赦がなかった。首を掴まれる。しかもあえて海の噛み痕を狙うようにして襟を引っ張ってきた。

「その傷どうしたの?」

「いっ! た……ッ……」

「誰に噛まれた傷でしょう?」

 背筋が凍りついた。




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