ICHIKAのトルソーとハニーレモンフレーバーの夜想曲

紫野楓

文字の大きさ
上 下
30 / 103

おはよ

しおりを挟む


 多分、野乃花はそれを知っている。A組の全員を証人にして、ミチルを恋人にさせようとしている。

「春人、おはよう。今日は俺の方が早かった!」

 ミチルが春人を見つけるやいなや近付いてくる。ミチルは期末考査が終わった後も同じように分け隔てなく接してくれるけれど、毎朝野乃花と楽しそうにしている彼を見ると、春人はなんだかちょっと複雑な気持ちになるんだった。どきどきする気持ちとは裏腹に、あんまり関わりたくないなって思ってしまう。

 それに野乃花の視線が痛い。彼女はカッターナイフのような目で春人を見ている。

「少し寝坊、しちゃって」

「夜更かし?」

「まあ、そんなところ……」

 笑ってごまかすけれどミチルは不思議そうに首を傾げている。ミチルの宇宙みたいな目を見られなくって思わず逸らした。

「……それ、春人の鞄?」

 ミチルが回り込むように春人が肩に掛けている鞄を見てくる。なんて答えれば言い逃れできるか考えて口ごもっていたら、肩に重みを感じて振り返る。

 小夜がすごい形相で春人を見上げていた。

 あえて不機嫌な顔にされているブランドもののマスコットみたいな顔をしている。アングラ界隈でもてはやされそうな感じだ。こういう表情も似合う。

「小夜ちゃん、おはよ」

 春人は笑って小夜の方へ振り向いた。

 小夜は寝起きの子どもみたいに不機嫌な顔で、返事もしないで春人を見上げている。

 心なしか教室がざわざわしているような気がした。線香花火みたいな視線をしばしば感じる。突き刺さる視線の痛みには慣れていない。あんまり見ないで欲しい。見ないで。

 春人は肩に提げていたキャラメル色のリボンとアイスクリームのストラップがついた小夜の鞄を、彼女の方へ差し出す。

「中身見てないけど、多分大丈夫だと思う……財布と学生証は見かけたから……」

 周りに聞こえないように言ったら、言葉の途中でカブトムシを捕まえるみたいに勢いよく鞄をひったくられた。

「ちょっと来て」

「わっ……」

 左腕を掴まれてずかずか教室の外へ連れて行かれる。女の子とは思えないすごい力だけど小夜なら当然の強さだ。彼女は春人には開けられないオレンジのマーマレードのビンの蓋をあけることができるし、体力テストのハンドボール投げで20メートルくらいの飛距離を出していた。これで家庭部というのが面白い。




 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

営業活動

むちむちボディ
BL
取引先の社長と秘密の関係になる話です。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

愛人は嫌だったので別れることにしました。

伊吹咲夜
BL
会社の先輩である健二と達哉は、先輩・後輩の間柄であり、身体の関係も持っていた。そんな健二のことを達哉は自分を愛してくれている恋人だとずっと思っていた。 しかし健二との関係は身体だけで、それ以上のことはない。疑問に思っていた日、健二が結婚したと朝礼で報告が。健二は達哉のことを愛してはいなかったのか?

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...