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おはよ
しおりを挟む多分、野乃花はそれを知っている。A組の全員を証人にして、ミチルを恋人にさせようとしている。
「春人、おはよう。今日は俺の方が早かった!」
ミチルが春人を見つけるやいなや近付いてくる。ミチルは期末考査が終わった後も同じように分け隔てなく接してくれるけれど、毎朝野乃花と楽しそうにしている彼を見ると、春人はなんだかちょっと複雑な気持ちになるんだった。どきどきする気持ちとは裏腹に、あんまり関わりたくないなって思ってしまう。
それに野乃花の視線が痛い。彼女はカッターナイフのような目で春人を見ている。
「少し寝坊、しちゃって」
「夜更かし?」
「まあ、そんなところ……」
笑ってごまかすけれどミチルは不思議そうに首を傾げている。ミチルの宇宙みたいな目を見られなくって思わず逸らした。
「……それ、春人の鞄?」
ミチルが回り込むように春人が肩に掛けている鞄を見てくる。なんて答えれば言い逃れできるか考えて口ごもっていたら、肩に重みを感じて振り返る。
小夜がすごい形相で春人を見上げていた。
あえて不機嫌な顔にされているブランドもののマスコットみたいな顔をしている。アングラ界隈でもてはやされそうな感じだ。こういう表情も似合う。
「小夜ちゃん、おはよ」
春人は笑って小夜の方へ振り向いた。
小夜は寝起きの子どもみたいに不機嫌な顔で、返事もしないで春人を見上げている。
心なしか教室がざわざわしているような気がした。線香花火みたいな視線をしばしば感じる。突き刺さる視線の痛みには慣れていない。あんまり見ないで欲しい。見ないで。
春人は肩に提げていたキャラメル色のリボンとアイスクリームのストラップがついた小夜の鞄を、彼女の方へ差し出す。
「中身見てないけど、多分大丈夫だと思う……財布と学生証は見かけたから……」
周りに聞こえないように言ったら、言葉の途中でカブトムシを捕まえるみたいに勢いよく鞄をひったくられた。
「ちょっと来て」
「わっ……」
左腕を掴まれてずかずか教室の外へ連れて行かれる。女の子とは思えないすごい力だけど小夜なら当然の強さだ。彼女は春人には開けられないオレンジのマーマレードのビンの蓋をあけることができるし、体力テストのハンドボール投げで20メートルくらいの飛距離を出していた。これで家庭部というのが面白い。
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