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僕は違う
しおりを挟む明日どんな顔して会おうかな。
キャップの男に口で奉仕していると、後ろの方で、ピアスの男が果物ナイフを掴んでいるのが見えた。傷がついていると傷つけやすい。図書館の汚い本を乱雑に扱っても、綺麗な本にそうするよりずっと罪悪感が少ないみたいに。そんな理由でつけられた傷が体中にいくつもあった。右腕を除けば特に右の鎖骨を両断するように付いた深い傷が目立つ。
初めてベビードールを着たのはこの傷をつけた男に抱かれた時だったっけ。
自分で傷つけてるんだからいいだろ、傷つけて欲しいんだろ、と、傷をつけたがる誰もが言う。
全然分かってないよ。そんなわけないだろ。
傷付けたいから傷付ける人なんているの? 少なくとも。
僕は違う。
僕は。
明日生きて、小夜に鞄を返せますように。
心の隅で思った。
*
教室へ入ると、いつもの時間帯よりも生徒が登校していた。春人は二人分の鞄を持って自分の席へ向かう。一つはなんの装飾も無い地味な鞄で、もう一つは手提げのところに遠慮がちにキャラメル色の細いリボンと、フェルトで作ったやけに完成度の高いアイスクリームのストラップがついている。鞄の形はまったく同じなのに、少しの装飾で意外と印象が変わる。
野乃花は今日もA組の教室にいる。
今までもいたのかもしれない。全く眼中に無かった。ミチルと関わってから嫌になる程目につくようになってしまった。
彼女のいるところには必ず人が集まった。それで野乃花はいつもミチルと会話したがる。A組では野乃花がミチルのことを好きなんだという噂話が広まっていた。当たり前だ。そんなこと、一目でもミチルと会話する野乃花を見たら誰だって分かる。もちろん春人にだって分かった。気付いていないのはミチルくらいだ。彼は結構鈍感なのかもしれない。それとも気付かないふりをしているだけなのだろうか。無自覚にこそばゆいことを言ってしまうくらいには恋愛ごとに鈍いのかもしれない。
ミチルは少しも色目がない。そういう目で野乃花を見ている。
だけどA組のみんながミチルと野乃花はいい関係だという認識を持てば、それが事実になってしまう。例えそれが虚偽だとしても。情報操作とはそういうことだ。真実はいくらでも歪められる。
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