ICHIKAのトルソーとハニーレモンフレーバーの夜想曲

４

代わりに僕じゃだめですか

「また明日」

　走れ、と叫んだら小夜は春人をちらちら見ながらようやく逃げた。良かった。

　春人は目を閉じて耳を澄ませる。汚い足音が二人分。

　喧騒に紛れないで分かるのは、ボトムに突っ込んでるんだろう、裸の小銭がジャラジャラ下品な音を立てているから。

　敢えて鉢合わせるように春人は男達の足音の方へ向かう。詳しい容姿は記憶できてないけれど、見た感じすぐ分かるし春人を見つけて飛んできた怒号は間違いなくさっき小夜を凌辱しようとしていた男達のものだ。

　春人は二人の方へ近付いて、誘うように割れたガラス張りの扉から廃ビルの中へ入った。

　追いかけてきた男に向かってすぐに頭を下げる。

「ごめんなさい」

「……はぁ？」

「非礼をお詫びします」

　下げた頭を乱暴に掴まれて顔を上げさせられた。キャップの男だ。途端に左頬に痛みが走る。すごい勢いで殴られたけれど歯は食いしばっていたのでどうということはない。ただ痛いだけ。よく分からないけれど痛いのは得意だ。

「……鞄は返して欲しいんです」

「そんなムシのいい話があるか」

「代わりに僕じゃだめですか」

「男殴ったってなんの意味もねえよ！」

　そう言われるやいなや脇腹を蹴られた。もう一人の男が春人を羽交い絞めにしてくる。ピアスが耳にたくさんついている。

　言葉とは裏腹に、キャップの男は殴るって顔をしてる。

　春人は笑った。

「殴ってください……気の済むまで……でも、僕……」

　胸ぐらを掴まれた。顔が近い。目は本性が良く分かる。

　この人は誰かを虐めてみたいようだ。

「……僕の方が、よくしてあげられると……思います……」

　瞳の向こうで困惑が行ったり来たりしている。意味が分かったようだ。クスと笑ったら口端から血が溢れた。歯を食いしばったはずなのに、舌が切れたかもしれない。あんまり痛くないからどうでもいい。

「したいこと、……なんでも、して……ください……男は、初めてですか……？」

　従順な顔を作って身体の力を抜いた。そうしたら羽交い絞めをしていた男の方の力が緩む。顔を覗き込まれた。なにかに気付いた、とでも言うように髪を掴まれる。

「お前『ICHIKA』？　……高校生だったの？」

　春人は黙っていた。追究されたくない事実だった。