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アイスクリーム

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 春人はビルの並んだ碁盤の目のようになっている角を何度も何度も曲がった。これで巻けはしないけれどおそらく時間は稼げる。大通りまであと一歩のところで春人は廃ビルの影に入って止まった。

 肩で息をしながら額に流れる汗を拭った。小夜もはだけたブラウスなんか少しも気にしないで息を吸っていた。

「……怖かった……」

 息を正しながら小夜は大きな目からぽろぽろと涙を零し始める。小夜とは出身中学もクラスも部活も一緒でなにかと縁があるけれど、泣いている顔を見たのは初めてだった。

 だけど動揺している時間はない。

「なんでこんなところに来たの、危ないって分かるでしょ」

 春人は小夜のブラウスのボタンを閉めてあげた。小夜は少しも動じないでただ泣いていた。彼女はちょっとマイペースなところがある。

「だって、期末考査が、終わったから、……ご褒美に、アイスクリームを……買おうと思ったのよ……」

「アイスクリーム……?」

 春人は顔をしかめた。

「最近、お店ができたの、ここらへんに」

「学校の近くのサーティーワン・アイスクリームで我慢しなよ」

「サーティーワン・アイスクリームじゃ嫌だったの……趣向を変えたかったのよ……もうポッピングシャワーには飽きたの……でもコットッキャンディは季節じゃなくて……」

「ねぇごめんなに言ってるのか全然分からない……とりあえず走って、あっちの方に」

 指をさした先は学校の方角だ。小夜にも帰り道は分かるはず。そう思って指さしたけれど小夜はすごく不安そうな顔をしている。

「もう追いつかれるから……!」

 春人は動こうとしない彼女を叱咤するように叫ぶ。小夜は頑なに首を振った。足音が近付いている気がする。焦りが込み上げてきた。

 あの男達を僕なりの方法で食い止めるには、小夜には消えてもらわなければならない。

「依田くんは……?」

「鞄取り返してくるから」

 小夜はぼろぼろ泣いていた。可哀想な小夜。せめてトラウマになりませんように。

 春人は微笑んだ。

「小夜ちゃん、走って……明日学校で鞄を渡すから……もうここに来ないで、家に帰って」

「でも……」

「Haagen-Dazsで我慢しろ!」

 小夜の華奢な背中を押す。小夜は呻いた。大丈夫、膝は笑ってない。

 走れる。小夜は実際のところ相当力もあるし足も速い。


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