ICHIKAのトルソーとハニーレモンフレーバーの夜想曲

紫野楓

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楽しいってなに

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 だけど、もしかしたら本当はそんな視線自分が生み出した幻なのかもしれない。ちょっとずつ頭がおかしくなっているのかもしれない。

 最近は腕もかなり痺れ始めている。切りすぎた腕は再生と硬化を繰り返して救いようのないほど酷い状態になっていた。なにかを持とうと手を伸ばした時に感覚がおかしい。上手く動かせないというわけではないんだけど、自分の体の一部ではなくて、どこかで大量生産された模造品が体についているような不気味さがある。

 このままずっと肌で刃に線を引き続けていたら、きっといつか本当にわけが分からなくなって気が狂ってしまうかもしれない。だけどどうやってここから抜け出したらいいのかも分からない。どうにもできない。だって。

 だってこれは、僕の唯一の慰めだから。

「……大丈夫? 体調が悪い?」

 いつの間にか手が止まっていたみたいだった。ミチルが心配そうな顔をして顔を覗き込んでくる。春人は首を横に振った。

「大丈夫……ごめん」

「どうして謝るの?」

「え?」

 ミチルが持っていたペンを置いた。

「あのさ、春人……なにか、悩みがあるなら……聞くから」

 自分が深刻な悩みを抱えているかのような悲しそうな顔をして俯く。

「急にこんなこと言ってごめん。でも……春人、たまに、すごく……ここにいない、感じがするから……うまく言えないけど……」

 濁すみたいに苦笑する。しんみりした雰囲気を出してしまったことを恥ずかしがっているような顔をしていた。ミチルのこんな顔は初めて見たかもしれない。彼もしけったクッキーみたいに歯切れが悪くなる時があるんだ、って。新鮮だった。

 ねえ、と場を取り繕うようにミチルが続ける。ちょっと慌てているのが分かる。

「ここにいない感じの時は、どこに行ってるの?」

 すごい質問をぶつけられてしまった。

「え? えーっと……」

 全然回答が出てこない。自分でも分からないし、ここにいないと思われるタイミングで自分がなにを考えているのかも釈然としない。

「楽しいところ?」

 絶対ミチルも困惑している。ここにきてこの質問続ける? 回答しないとだめ?

「楽しいところなら構わないんだけど」

 楽しいか楽しくないかで言ったら楽しくないかもしれない。楽しいという感覚を思い出すのが難しいから。楽しいってなに。



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