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夢みたい

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 俯きながら両膝の上で握った拳を見つめる。手が震えていた。心臓がばくばくした。

 危ない橋を渡ろうとしている気がする。

 なんでもかんでもこの人に教えたいわけじゃない。明らかに知られたくないことの方が多い。でも彼は嘘を吐いて自分を守ってくれた。保健室に行きたくないと言ったら部室に寝かせてくれたし、勉強も教えてくれた。そんな人になにも言わないのは違う。あまつさえ、そんな寂しそうな顔をされてしまったのなら。ちゃんと話さなければならない。そこまで人間性を捨てたわけではない。

 だけどどこから説明すればいい? なにから? どこまで? どんな風に?

 よくよく考えて考えて口を開く。

「自分で、自分の体のこと、……よく、分からなくて……ごめんなさい。安形くんに、迷惑、かけちゃって……」

 消え入りそうな声を振り絞って、なんとか伝えた。顔が熱い。

 それにすごく怖かった。

「でも、すごく楽になった……と、思う……ありがとう……」

 視線を上げて安形の顔を覗き込んだ。安形は頬杖をついて、はにかむような顔で春人を見ていた。穏やかな春の日向にいるような気持ちになる。

 酷く安堵した。

「どういたしまして。あと……名前で……ミチルでいいよ。呼んでみて……?」

 安形が少し前のめりになる。すごく期待されている。

 名前の呼び方のことなんて少しも考えてなかった。緊張する。

「……ミチル……くん」

「あは、呼び捨てでいいのに!」

 破顔した彼に釣られて、なんとなく春人も笑顔になった。笑顔になるたびにミチルは笑顔を返してくれる。だから自分が今笑っていることが分かった。照れ臭い。胸が変な感じ。

「……俺も依田くんのこと、春人って呼んでいいかな」

 続けてミチルはすごく控えめにそんなことを言う。さっきの勢いはどうしたんだというくらいだった。顔を覗き込むように見られた。まるで母親にイエスと言われるのをびくびくしながら待っている子どもみたいな顔だ。

 春人は微笑しながらこくりと頷く。

「もちろん」

 月の満ち欠けのように結んだ口を開いたミチルは、弾けるように笑うんだった。

「……嬉しい……夢みたいだ!」

 そんなに喜ばれることなんだろうか。

 むしろ自分が喜ばれるようなことをしなければならないんじゃないだろうか、この人にそうだ。

 しなくちゃいけない。

 いいや、そうじゃない……したい、と思った。思ってしまったんだ。この人と。

 この人との繋がりを断ち切りたく無いって、頭のほんの片隅で思ってしまったんだ。罪悪感が切なくその気持ちに蓋をする。

「ミチルくん……今日の、お礼がしたいんだけど……」

「……それって、……俺のお願いを聞いてくれるってこと……?」

 幸せの余韻に浸っていたミチルはポカンとしながら聞いてきた。春人は頷く。聞き返すってことは、なにかお願いがあるということだ。春人は少しだけいったいこの人はどんなお願いを自分にするんだろうと思ってしまった。

 お願いを聞くのは得意だ。いつも聞いている。あれをしろ、これをしろ、という頼みにも……命令にも、息を殺せばなんの抵抗もなく応えることができる。

「じゃあさ、春人」

 ミチルが押し黙っていた口を開けた。

 心なしか緊張しているようだった。それが伝わってこちらまで緊張してしまう。

「テスト終わるまで一緒に勉強しよう?」

 予想外のお願い驚いていると、ミチルは慌てて言葉を繋げる。



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