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Ⅶ
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僕の涙が止まった後も、翔は僕を離さなかった。崩れるように二人で地面に膝をつくと、そのまま川辺に座り込んで、二人で黙って川の向こう岸で咲き誇る桜を目に映していた。僕も僕で翔の胸の中が居心地よくてずっと抱かれたままでいる。
人ってあったかいんだってことを、抱き締められて感じる。ノエルを抱き上げた時もそうだった。僕はこの暖かさを望めばすぐに手に入れられるのだと思ったら、泣いたことでぽっかり空いた胸の空間にこそばゆさと幸福感が入り込んでくる感じがした。
「前も二人で川辺に座っていたよね、こんなに近くはなかったけど」
翔が僕の耳元で言った。
「そうだね、特段話すことも無かったけど、二人で座っていた。翔は僕を見て逃げた友達を追わなかったよね、それで服が濡れるのも気にしないで川を横切って僕のところに来た。今でも覚えてる、怖かったから」
「友達がお前に向かって石を投げたんだよな、化け物って叫んでさ。それが思い切りお前の顔に当たった。朝早かったと思う、カブト虫を獲って学校で自慢したいから捕まえるの手伝ってって強制的に連れて行かれたから」
「どうして友達じゃなくて僕を選んだの?」
彼は少し考えるように口を閉じてから言った。
「そいつの名前も覚えてないんだよね、俺がすぐに転校しちゃったから。だけど、あの友達が優月に『化け物』って叫んで石を投げた瞬間から、俺あいつに興味なくなっちゃった」
昔を思い出して笑う。はたから見たら気持ち悪いよ。別にいいけど、僕しかいないし。
「石を投げられた相手は石が当たったってことはお化けじゃないし、怪我をしてるかもしれないって思った。石を当てたやつは逃げたけど、やりすぎだと思った。だって優月はそこにいるだけだったから。悪いことをしたのは俺たちだって思った。行かなきゃ、謝って、手当てをしなきゃって、思った」
「それで僕にやり返されたよね。ごめんね、急に知らない人に話しかけられて、怖くて……気づいたら翔の顔が真っ赤だった」
これね、と僕の顔を覗き込んだ翔が自分の頬の傷を指差す。
「あの時痛かったけど、嬉しかったんだ」
「……どうして?」
「だって優月が俺がいるって認めてくれた証拠だろ? 優月の世界に俺がいることが許された瞬間だったよ、あれは、すげえ嬉しかった」
「……ちょっと気持ち悪いよ」
「でも事実だし。……俺、優月を忘れたことなんて一度もないよ。鏡見るとさ、傷痕が目に入るから……毎日お前と会ったことを思い出した。少し仲良くなると『その傷どうしたの』って聞いてくる奴もいた。それはやだったな、なんか俺と優月の思い出に土足で踏み込まれたみたいでさ。だから眼鏡を掛けて見えないようにしていた」
また会えて嬉しいなあ、と僕を抱き締めながら、感慨深そうに言うんだった。それだけが全てだというような言い方だった。
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