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Ⅶ
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しおりを挟む「偶然だよ。でも、なんとなく……呼ばれた気がした。海の向こうのあの大学に行きたいと、強く思った。俺が望んでいる何かがあるような気がした」
それで優月に会えた、と彼は笑った。
「君は僕を当たり前の世界に連れ戻してくれた。女の子として生きていた僕を助けてくれた。僕が望んでいた当たり前の世界をくれた」
翔は黙って僕の話を聞いてくれている。
「だけど結局僕は君を好きになってしまった。これは僕が望んでいた当たり前とは違う気持ちなんだ。でも当たり前の世界と君のどちらを取るか悩んで、君を選んだ。それを今の君は受け入れてくれたけど、昔の君はどう思うの? 僕は昔の君を裏切ったことになる?」
難しいことを並び立てているような気がした。だけど口が止まらなかった。
だってこれは、僕が翔と出会ってからずっと思い悩んでいることだったからだ。
深呼吸をして息を整える。僕を見つめる彼に言った。
「君はあの時、僕になにを願っていたの?」
僕はどう生きることが正解だったの?
いつの間にか僕は彼の肩を食い込むくらいの強さで掴んでいた。
見上げるように顔を覗き込んでいる。手には汗が滲んでいた。
「『笑った顔が見たいな』」
僕と彼の上に桜の花びらがはらはらと舞っては落ち、落ちては舞った。
「そう思って、俺はお前の髪を切ったよ」
それは今も同じだよ、と彼は言う。
「優月が笑ってくれるなら、あとは全部、なんでもいい」
視界が泡のように一瞬で揺らいだ。鼻の奥がしょっぱくて、それで自分が泣いているのだと分かった。全身から震えるように力が抜けていって、ずっと心の底に沈んでいた重くて苦しくてひどい心地のする気持ちが涙と一緒に消えていっているような感じがした。
心が軽くなっていく。
僕は翔の肩を掴んでいた手を離して、顔を覆おうと手を近付ける。それを翔が僕の手首を掴んで遮った。引っ張られるようにして彼の腕の中に収まる。
彼に何かを言おうと口を開くけど涙で全然声にならない。
僕の頭を撫で付けながら、翔は包み込むように僕を抱きしめた。泣け泣け、と僕の背中をさする。
「泣いたあとに、笑った顔を見せて」
心の中で悪態を吐きながら、僕は彼の肩口に顔を埋めて、人生で一番目くらいの勢いで大泣きした。
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