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Ⅶ
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しおりを挟む自分の人生を賭けた大勝負の数日前に子どもの世話をすると言って勉強から離れる度胸もすごいし、僕が言うのもあれだけど、誰かと喧嘩別れしたっていうのにそれで揺るがない精神力もすごいし……なにより医学部を現役で合格するような才能があるということにもびっくりだ。もういろいろ驚きだ。
僕の反応を見た翔は、苦笑した穏やかに口を開く。
「いいんだよ、もうあの時には全部やり切っていたから。不合格だったとしても、俺は自分が選んで過ごしてきたことに少しも後悔しないと思う」
翔は過去を思い返すように遠くを見やる。
「息抜きしたかったんだ。……本当はね、ひと月前くらいまでは根を詰めすぎていて、気がおかしくなりそうだった。一分一秒すら惜しくて、やってもやっても足りない気がして、全然駄目な気がして、孤独で、すごく怖かった、かっこ悪いだろ」
格好とかそういう問題ではないし、その反応は至極当然だと思った。学部が学部なので尚更だ。
「だから一回距離置こうと思って、気分転換に下見も兼ねて大学へ行くことにした」
僕はそこでようやく口を開く。
「そうしたら大冒険中のノエルと駅でばったり会ったと」
「そういうこと」
彼はウインクする。マダムのウインクを思い出す。
彼は照れ臭そうだったけど、僕は翔も怖かったり苦しかったりするんだって思ったらすごく安堵した。あんなに明るくて闊達そうに見えた彼も、ずっとずっと一人で戦って苦しかったんだ。ノエルや僕との出会いが彼の気持ちを軽くしたのならば光栄なことだと考え直す。ばかって言ってごめん。
翔は僕の顔を覗き込むように見た。
「優月が後押ししてくれたから、力を出し切れたんだと思う」
「え、僕が?」
微塵も心当たりがなくて焦っていたら翔が困ったように笑う。
「『子どもと関わる仕事がしたい』って俺が言ったら、『素敵だね、君ならなれると思う』って、言ってくれた」
ああ……朝起こしに行った時だ。
あんな……あんな一瞬の何気ない一言が?
彼の後押しになったの……?
「あの時やっと肩の力が抜けたんだ。その言葉にどれだけ救われたか分からない。ありがとう。俺は俺が目指したいものを目指していいんだって、失敗してもまた挑戦しようってすごく前向きになれた。他の誰でもなくて優月に背中を押してもらえたから、結果を出せたんだと思う」
僕は首を横に振る。
「僕はなにもしてないよ、君が頑張ったんだ」
「頑張ってるって教えてくれたのは優月だから」
春風と一緒に桜の花びらが僕らに向かって激しく舞った。
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