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Ⅵ
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しおりを挟む「早く行きましょう」
蕗が僕の左手を掴んだ……蕗ちゃん、いい香りがする。人工的な、オードトワレの酔いそうな香り。服も可愛い。こんな女の子を傷つけるような選択をしようとするなんて僕はやっぱり変なんだ。マダム、やりたいことをやるのしんどいよ。もうなにも考えたくない。疲れた。こうやって引っ張られてやられたいようにやられるほうがずっと楽で、彼女が今日履いているハイヒールのせいで疲れてしまわないように付き添うことの方がずっと普通なんだ。
普通なんだよ。
そうだ僕は普通になりたかったんだ。
辛いよ。
後ろ髪を引かれるように翔を振り返る。
……助けてよ。助けて。苦しいよ。
「俺を見るなよ。優月が決めることだろ?」
翔は僕を、引き込まれるような瞳で見つめていた。少しも揺るがない。この人はいつだって強い。畏怖の念すら抱く。
「お前がやりたいようにやりなよ、自分で選べ」
蕗に掴まれた僕の左手が視界に入る。マダムのブレスレットだ。
僕はマダムみたいに幸せになりたい。
僕は僕が幸せだと思う選択をしたい。そう思っていた。
「それが俺の……ずっと前からの願い」
例え蕗ちゃんが僕を軽蔑したとしてもだ。今すぐ彼女の手を解いて、ごめんなさい、君とはいけない、って、言え。言えよ。口を開けよ。
言葉が、声が、出ないよ。
足取りが重い僕を、彼女は振り返る。僕は彼女の一挙一動に激しい緊張を覚えていた。
僕の首元に目が行ったらしい。露骨に嫌な顔をしてため息をついた。
「そう言えば、樫崎くんがリボン帯なんて珍しいね。正直樫崎くんには似合わないよ。ピンクって……らしくないし、結び目も歪だし……でも仮に付けるなら、結び直した方がずっと見栄えがいいわ。これじゃあみんなに笑われちゃうよ。直してあげる」
彼女は僕がこれから彼女のオプションとして彼女の隣にいるにはノエルがくれたコーラルピンクのリボン帯はふさわしくないのだと言っている。
百歩譲ってリボン帯をつけるのであれば、あまりにも歪で目も当てられないから、少しでも見栄えをよくして彼女自身のオプションとして相応しいように結び直すと言っている。
海が割れたみたいに、僕の思考が一気に開けた。騒めいて揺らいでいた気持ちが一気に凪ぐ。冷たい静寂の中で思った。
僕のことをどれだけけなしたって構わない。
でもこのリボン結びを馬鹿にするのだけはやめて欲しい。
彼女の白魚のような手が僕の首元に伸びてくる。
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