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Ⅵ
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しおりを挟むかぐやは自分で納得するまで僕を見て笑うと、そのあとに左手に巻かれた腕時計を見た。
「お夕飯には早いし……お茶にでも行きましょうか、ノエル」
かぐやに抱きついていたノエルが嬉しそうに飛び跳ねる。うさぎみたいだった。
「うん!」
なんだか不思議な親子だなあと思う。
「優月さんも……と言いたいけれど、貴方はこれから大切な約束がある、そうよね?」
彼女は意味深に僕にウィンクした。この楽しそうないたずらな表情、まさにマダムだった。
大切な約束、ってどっちのこと?
蕗ちゃんと花見をすること?
それとも翔と和解すること?
どっちなのだろう?
僕は。
僕は本当のところどっちが大切なのだろう?
こんなこと話しているうちにも、春風は容赦なく紫針を通り過ぎていく。
春風ってなんでこんなにも強いのか。散っていった桜の花びらが巻き上がるようにつむじ風に乗り、高く高くまで舞い上がっていく。
僕は乱れそうになる髪を抑えながらそれを見ていた。
ノエルがときめきに歓喜の声を上げながら花びらの方へ両手を伸ばす。
一つ一つは本当に小さな淡い色をしている花びらなのに、桜吹雪はまるで花の妖精のように連なり、風が凪ぐのと一緒に元の散りゆく花びらに戻っていった。
かぐやさんも静かに、全てを包み込むような漆黒の瞳に淡いさくら色の連なりを眺めている。僕はそんなかぐやさんを見た。横顔が美しい。
「いろんな街へ行ったけれど、紫針のさくらは指折りね。散ってしまわないうちに、大切な人と見たいわねえ」
僕に背中を向けながら、彼女は独り言のようにそんなことを言った。ノエルはかぐやさんの手へ自分の手を伸ばしながら、歩き始めた母親の元へ駆けて行く。
別れの時なのだと、僕は分かった。
「待って」
僕は二人を呼び止める。
真っ先に振り返ったのはノエルだった。足早に彼の元へ行き、彼に視線を合わせる。
一呼吸置いて、彼を真っ直ぐに見据えて口を開いた。
「ノエル、あのさ」
ノエルは純真無垢な瞳で僕を見据えている。なあに、と彼は言った。僕は彼の手を取る。
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