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Ⅵ
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しおりを挟む結局花見には行きたくない、とはどうしても言えないまま、今になってしまった。
ノエルが今日で《DEAR ROI》から親元へ帰ることを知ったのは今朝のことだ。
昨晩意味深なことを言っていたマダムは、後腐れのない清々しいような表情で「ノエルを紫針まで送ってほしい」と言った。僕は了承した。蕗ちゃんとの約束を断る丁度いい口実ができたと思わなかったと言ったら嘘になる。
多分マダムも、僕に蕗ちゃんとの約束を断るチャンスをくれたのだ。でも僕はそのチャンスをモノにできなかった。
マダムは最後に、翔も同じ時間に紫針に来るみたいよ、と流れるように言った。僕はため息を吐く。マダムは全部仕組んでいるんだ。僕がノエルのお見送りを断るわけがないと予想して、翔に今日の日の約束を取り付けたんだ。そうでないなら、こんなにスムーズに時間の都合がつくはずがない。
僕はここまで彼女にお膳立てしてもらっているのに、やっぱり不安だったし、迷っていたし、いざ翔を前にして、ちゃんと思っていることを言えるのか分からなかった。
ノエルのさえずりに相槌を打ちながら、自分の手首に付いている木のブレスレットに目を落としていた。
指先で撫でながら、自分の幸せについて考える。
僕の幸せってどういうことなんだろう、と今更思った。
「ノエルって、幸せだなあって、どんな時に思うの?」
話が途切れたので、僕は彼に目線を合わせるように首を傾げて言った。
ノエルは少し考えて、元気に答える。
「えっとね、いちごが、すごくあまいとき!」
答えが可愛かったので笑ったら、ノエルが少し怒った。ごめん、と言いつつも僕は笑うのをやめない。
「おにいちゃんは?」
「僕? 僕か……僕はね……」
頭を考えて唸っていたら、ノエルが矢継ぎ早に「わかった」と世紀の大発明でもしたかのような顔をして僕を見上げる。
「もしかして……ノエルといるとき?」
僕は破顔する。
「……そうだね、ノエルと毎日一緒にいられると、幸せだよ……それなのに、ノエルはどうして帰っちゃうの?」
「おかあさんがかえってくるから!」
「ノエルに会えなくなるの寂しい」
「おとななんだから、がまん!」
「やだよ寂しいよ」
彼を引き寄せて抱きしめながらノエルをくすぐると、ノエルは体を捻らせながら笑った。首元はそうでもないのに脇腹が弱すぎ。
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