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Ⅵ
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しおりを挟む駅の改札にまでさくらの花びらがこぼれている。
僕は手を繋いでいるノエルを見下ろした。出会った時と同じ服装をしている。ほんの数週間前の話なのに、その出会いは遠い遠い昔のことのように思えるんだった。
ノエルはあの時とは違うとても穏やかな表情で黒うさぎのノエルを抱えている。
「みんなあっちいく」
彼が紫針の南を指差した。
「桜の名所だからね」
「めいしょってなに?」
「行きたくなるような場所なんだよ」
人が多い。電車を降りた人々は誰しもがさくら並木のある南のほうへ歩いて行く。人のざわめきはどれも楽しそうだった。浮かれている。
桜の花は人を浮かれさせるのだ。
「桜を見に来たんだ」
「ノエル、さくらわかるよ!」
ほう、と僕は物珍しい気持ちになって、生き生きしている小さな友人に尋ねる。
「どんな花なの?」
僕はノエルの手を引いて駅前の大きな丸ベンチに腰掛けた。ノエルは身長が足りなくてなかなか腰掛けられない。思わず手を差し伸べそうになったけれど、ぐっとこらえた。頑張れば一人で座ることのできる高さだったから。
やっとのことで座った少年は、桜について知っていることを元気に語り始める。通り過ぎる人々の何人かが、ノエルに優しいまなざしを向けて通り過ぎていった。
ノエルのさくらの説明は時折僕も知らないノエルの空想で補われている知識があって聞いていて面白い。くじらがよく薬として使っているだとか、桃色の雲から降ってくるとか……とにかく支離滅裂なのにときめきが溢れているようなことを小鳥がさえずるみたいに絶え間なく話している。桃色の雲? と僕が聞き返すと、彼は東雲のことを彼なりの言葉で必死に説明するんだった。
微笑ましいなあ、と思う。僕は話を聞きながら、ショルダーバッグからスマートフォンを取り出して時間を確認した。昼下がり。
蕗ちゃんとの花見の約束の時間はいつの間にか通り過ぎている。本当は駅前で待ち合わせる約束だったのだけれど、ノエルを送る都合で、僕だけ現地に直接向かうということでなんとか折り合いをつけた。
だから蕗ちゃんは今頃、紫針駅で降りた大半の人たちが向かっている桜の観光名所で、サークルの仲間と花見を楽しんでいるに違いない。昨日作った花見団子を振舞って、幸せそうにしているだろう。
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