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Ⅴ
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しおりを挟む「あの子が僕の髪を切ってくれたことで、普通の世界に戻ってこられました。だから僕はもう二度と失敗したくないって思った。もうあんなひどい、化け物でも見るかのような、奇異の目で見られるのは嫌だし、苦しい思いはしたくない。普通になりたいって、思ったんです。旅をしていたシズクさんがそれを聞き入れてくれて、僕をここまで連れてきてくれた……」
そういえば、と僕はマダムをもう一度見返した。彼女は微笑を携えながら、僕に話し続けることを許すかのように首を傾げる。
「僕、その男の子に初めて会った時、石を持った手で思い切り顔を叩いてしまったんです。僕は右利きだから……左の頬に酷い傷をつけてしまった。もう十年といくつか前のことです。だから……今頃その子は、左頬に傷跡が残っているはずなんです。僕のこめかみに傷がついているみたいに……それで……はじめの頃は眼鏡を掛けていたから分からなかったけど、翔の左頬にも同じような傷がついていました。偶然かも、しれないけど……もしかしたら、って思う、自分もいる。仮に翔が僕の髪を切って、普通でいいって教えてくれたにだとしたら、その翔が今は僕に普通じゃない気持ちを真正面からぶつけてきていることになる。僕はどうすればいいのかなって、ずっと考えていた。何が正しいのか分からなかった」
「普通という言葉に囚われて、ユヅキはかつて、自分を苦しめたはずの偏見を抱いてしまっている。あなたは自分で自分を殺しているんだわ。きっと翔は、貴方が受け取ったような意味で母親のいいなりになる必要はない、と貴方に伝えたのではないのよ。どうして自分に正直になれないの? 誰も否定しないというのに」
「怖かった。臆病だったから」
でも、と僕は続ける。
でも。
「でも今日で変われそうな気がする。僕はたまごの殻を壊すことができそうな気がする。外の世界は、思っているより怖くはなくて……とても清々しいって、ノエルが教えてくれたから」
それに、と僕は言った。
少し恥ずかしい気持ちもあった。
笑ってごまかして口を開く。
「僕の気持ちに、翔の思いも、世間の見る目も、関係ないのだと……ようやく気づくことができたから」
そう、と彼女は笑った。
僕の心臓は、どきどきしている。
ずっとずっと胸にしまい込んでいたことを人に話すのは、すごく勇気が必要なことだった。マダムに出会ってから今までかかってしまった。何年も何年も、勇気がなかった。
でも言ってみれば、憑き物が取れたように、爽快だった。
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