DEAR ROIに帰ろう

紫野楓

文字の大きさ
上 下
75 / 104

21

しおりを挟む

「あの子が僕の髪を切ってくれたことで、普通の世界に戻ってこられました。だから僕はもう二度と失敗したくないって思った。もうあんなひどい、化け物でも見るかのような、奇異の目で見られるのは嫌だし、苦しい思いはしたくない。普通になりたいって、思ったんです。旅をしていたシズクさんがそれを聞き入れてくれて、僕をここまで連れてきてくれた……」

 そういえば、と僕はマダムをもう一度見返した。彼女は微笑を携えながら、僕に話し続けることを許すかのように首を傾げる。

「僕、その男の子に初めて会った時、石を持った手で思い切り顔を叩いてしまったんです。僕は右利きだから……左の頬に酷い傷をつけてしまった。もう十年といくつか前のことです。だから……今頃その子は、左頬に傷跡が残っているはずなんです。僕のこめかみに傷がついているみたいに……それで……はじめの頃は眼鏡を掛けていたから分からなかったけど、翔の左頬にも同じような傷がついていました。偶然かも、しれないけど……もしかしたら、って思う、自分もいる。仮に翔が僕の髪を切って、普通でいいって教えてくれたにだとしたら、その翔が今は僕に普通じゃない気持ちを真正面からぶつけてきていることになる。僕はどうすればいいのかなって、ずっと考えていた。何が正しいのか分からなかった」

「普通という言葉に囚われて、ユヅキはかつて、自分を苦しめたはずの偏見を抱いてしまっている。あなたは自分で自分を殺しているんだわ。きっと翔は、貴方が受け取ったような意味で母親のいいなりになる必要はない、と貴方に伝えたのではないのよ。どうして自分に正直になれないの? 誰も否定しないというのに」

「怖かった。臆病だったから」

 でも、と僕は続ける。

 でも。

「でも今日で変われそうな気がする。僕はたまごの殻を壊すことができそうな気がする。外の世界は、思っているより怖くはなくて……とても清々しいって、ノエルが教えてくれたから」

 それに、と僕は言った。

 少し恥ずかしい気持ちもあった。

 笑ってごまかして口を開く。

「僕の気持ちに、翔の思いも、世間の見る目も、関係ないのだと……ようやく気づくことができたから」

 そう、と彼女は笑った。

 僕の心臓は、どきどきしている。

 ずっとずっと胸にしまい込んでいたことを人に話すのは、すごく勇気が必要なことだった。マダムに出会ってから今までかかってしまった。何年も何年も、勇気がなかった。

 でも言ってみれば、憑き物が取れたように、爽快だった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絆の序曲

Guidepost
BL
これからもっと、君の音楽を聴かせて―― 片倉 灯(かたくら あかり)には夢があった。 それは音楽に携わる仕事に就くこと。 だが母子家庭であり小さな妹もいる。 だから夢は諦め安定した仕事につきたいと思っていた。 そんな灯の友人である永尾 柊(ながお ひいらぎ)とその兄である永尾 梓(ながお あずさ)の存在によって灯の人生は大きく変わることになる。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...