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Ⅴ
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しおりを挟むマダムは僕の過去が僕にとって苦しいことだということを分かってくれていたから、僕に余計な詮索はしてこなかった。
それから彼女と生活するたびに、彼女は生活のあらゆるところで、僕に伝えてくれた。過去はそれほど重要ではないこと。大切なのは、僕が今、何を、どうするのかということ。
どんな選択を、するのかということ。
僕は今なら、僕の過去の話を、彼女に打ち明けることができると思った。
大きく息を吸い込む。
「どうしても人の目が怖い。僕は、母に愛されたくて……小さい頃……女の子の格好をしていたから……その時に向けられていた視線を、今でもたまに思い出して苦しくなります。もうあんな目は、二度と向けられたくない。普通じゃないことが、怖かった。僕は普通になり損ねてしまったから……人目のないところで、ずっと暮していました」
「貴方のお祖母様のところね。シズクと貴方が出会った町」
「そうです。僕は、女の子であって欲しいと望む母の願いに、応えることができなかった。成長することと比例するように、周囲に鋭くて酷い視線を浴びせられて……母にも愛想を尽かされた。……それでも愛されたくて……僕は髪を伸ばしていました。髪を伸ばすことは母にきつく言われ続けていたことでした。でも、一人の男の子が、僕の髪を鋏で切ってくれた。名前も知らない男の子です。彼と出会ったのは……僕が川辺に座っているだけなのに、自分と同い年くらいの子どもに『化け物だ』って叫ばれながら、向こう岸から石を投げられている時でした。投げられた石がこめかみに思い切り当たって、血が出ていました。それを心配して看に来てくれたんだと思います。なぜか好かれて……僕もなんとなく、彼に会えない日は寂しいと思うようになってしまっていった」
マダムは黙って僕の話を聞いてくれている。不思議だった。恥じらいも恐れもなかった。正直になんでも話せる気がした。
「その子が僕の生い立ちを聞いて、言うんです。『母親の言うことなんか聞くな』って。そう言われながら髪を切られました。最初はすごく驚いたけど……引き摺るくらい長かった髪がなくなって、長い髪が川に流れていくのを見て……本当に、すごく軽くなったんです。視界が明るくなった。それは物理的な側面もあるのかもしれないけど、足取りも、跳ねてそのまま、飛んでいけそうなくらい、軽かった。その後、祖母がギザギザの僕の髪を見かねたのか、僕を手招いて……全然、僕のことなんかいないも同然の扱いをしていた祖母がですよ……僕の髪を整えてくれたんです。なにも聞かれなかったけど、僕は、確かに、髪を切った日から、何かが、変わって行った気がした」
そう、確かにそんな気がした。
それは僕が望んでやったことではなかったけれど、確かにあの時も、変わったのは世界じゃなくて僕の方だった。
どうしてそれに、気づけなかったのだろう。
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