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Ⅴ
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しおりを挟む何かおかしくないか?
どうして翔がやってきたのに、こんなに落ち着いているんだ? 急に来てびっくりした、とかまさかくるなんて思わなかった、とか……どうしてそういう感想が出てこない?
まさか……まさかね。
僕は知らない扉を開けるような慎重さで彼女に尋ねる。
「マダムは……翔がここにくることを知っていたんですか」
「ええ」
彼女はあっけらかんとして言った。
僕はため息を吐く。いつもこうだ。ノエルの時もそうだった。
僕は彼女に踊らされているんだ。やれやれ、って顔でため息を吐く。いつもならそれでおわりだけど、今回はちょっと納得できない。
だって相手が、ずっと会いたいと思っていた人だったから。
「どうして教えてくれなかったんですか?」
僕の反発を彼女は鮮やかに跳ね除ける。
「知っていても、知らなくても、結果はきっと変わらなかった」
僕はぐっと押し黙った。彼女は冷静な声で続ける。
「貴方はノエルを選べなかったのだから」
責められている感じはしなかった。あったことをフラットに、事実を告げている感じだった。でも僕にとっては相当なダメージだった。
僕はノエルを選べなかったのだ。
それは、仮に翔が来るという事実があったとしても変えられなかったはずだと彼女は言ったのだ。そんなことない、って、僕は一瞬反発した。でもすぐにその考えは間違っているのだと思った。
そうかもしれない。
僕はあの状況でノエルを選べなかったのだ。
翔が来ると知っていても、同じだったに違いない。
うな垂れるように頷いたら、マダムが静かに言う。
「人からどう思われるとか、自分がどうあるべきとか、考える必要はないのよ。人に迷惑をかけないならば、やりたいことをすればいいじゃない」
僕は腫れぼったい目を擦って首を横に振った。
「そんなのは理想論です。マダムだからできるんです。僕は貴女のように堂々とできない」
「いいえ、貴方はできるはず。できたから、今、こうしてここにいるのよ」
僕はマダムと出会った時のことを思い出した。
シズクさんに連れられて〈DEAR ROI〉の扉を叩いた時の期待と不安が入り混じった思いがよみがえってくる。僕はなんとなく、それに導かれるように昔のことを思い出していた。マダムにもなんとなくしか伝えていなかった過去のことだ。
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