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Ⅴ
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しおりを挟む彼女は僕についてのことを、話すつもりでいるのだ。
僕は音をたてずに深呼吸をした。逃げるのはもう終わりだ。
マダムはテーブルの上に一冊の本を置いて、僕の目の前に滑らせる。騒がしい表紙の本だった。
「これは……?」
「今日、カケルが置いていったの」
僕は食べかけのゼリーを端に避けて、差し出された本を手に取った。
大きくて、薄くて、写真の表紙だ。おしゃれをした男の人がポーズを取っている。人物を囲むように散りばめられた言葉はファッション用語ばかり。
「雑誌……?」
そう、とマダムは言った。なんだろう、と思いながら、言われたページを見た。洋服のブランド紹介のページだ。黒が基調の、シックで、大人っぽいブランドの服だった。僕はあまり着ないタイプの服。僕そもそもあんまりファッションを知らないけど。
いろんなモデルがポーズをとっている中に、痛切に惹かれる人がいた。
黒いキャスケットの帽子をかぶって、柔らかい詰襟の黒いロングシャツを着こなしている。どこを見ているのか分からない視線に釘付けになった。何を見ているんだろう? シャツから覗くロングブーツもかっこいい。
「……これ、翔……?」
着ている服の傾向が全く違うけど、この人は確かに翔だった。眼鏡はかけていない。頬に薄い傷があるように見えた。この雑誌を読ん、翔に目を惹かれるのはきっと僕だけじゃないと思う。
僕の言葉が正解だというように、マダムは目を細めて笑うとしっかりと頷くんだった。
「いなくなってしまったモデルの代わりに、急遽やることになったのだって。この前急に帰ったのは、急ぎの撮影があったからで……ここにいたくなかったわけじゃないんだって……お茶を飲みながら……そんなことを言っていた」
「彼はモデルだったんですか?」
「したいわけじゃないみたいね。人がいなくて困っていたから、どうしてもって言われたそうよ。断れなかったから今回限りって、そういう約束で手伝ったみたい」
マダムはページの端にある女の人の写真を指差して言った。横には彼女の生い立ちなどが短い文章で載っている。僕はこの人を見たことがある。翔を電車の中に引きずっていった女の人だ。絹、と呼ばれていた。そして名前の欄にも同じ名前が載っている。
「この人が新しくファッションブランドを立ち上げるんですって。カケルはずーっとモデルをやらないか、って言い寄られてたらしいけど……本人にやる意思はなさそうだった。別の夢があるのだそうよ」
マダムは面白そうに笑う。
僕は少し考えた。
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