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Ⅴ
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しおりを挟む「マダム、まだ起きてたんですね」
僕はびっくりして彼女のほうに駆け寄る。
マダムは珍しくコーヒーを飲んでいた。
「あら、貴方に用があって」
彼女は笑顔で僕に座るように催促する。
「僕に?」
僕は控えめに椅子を引いて、テーブルの前に腰掛けた。僕の目の前には、レースのプレースマットが引いてあって、その上には小さなワイングラスに入ったいちごのゼリーが置いてある。透明なストロベリーの赤と、ムースになっている淡いサーモンピンクのしましまになった中身の上に、いちごのジャムがかけてあって、その上にはいびつに切られたいちごの果実とそれを彩るミントの葉が置いてあった。
すぐにノエルが作ったゼリーだと分かった。
僕は急にやるせない気持ちになって、マダムのことを見ることができなくなった。今、この薄暗い空間、夜、一人でこの甘いものと向き合っていることが悲しくて悲しくて仕方なくなる。
「美味しかったわよ」
彼女たちにとってはもうとっくに過去なのだ。僕だけが置き去りになっている。
僕はスプーンを持って、ゼリーをすくって口に含んだ。甘酸っぱいいちごのゼラチンと濃厚でまろやかなムースが合わさって、すごくすっきりしているのに、舌触りが優しい。甘さもちょうどいい。美味しい。
みんなで食べれば、もっと美味しかったかもしれない。
「すごく美味しいです、本当に、魔法が……かかっているみたい」
「明日ノエルに言ってあげて」
「そうします。……今日のこと、ノエルに謝りました」
そう、と彼女は優しく笑う。
少し気まずかった。
マダムは僕を真っ直ぐに見つめて視線を逸らさない。透き通ったなんでも見透かしてしまいそうな瞳だ。ノエルと同じ瞳だ。
僕はここに初めて来た時のことをなんとなく思い出していた。あの時もこうやって、僕の全てを見透かすような真っ直ぐな瞳で見られていた。贔屓や、同情や、嫌悪や、喜怒哀楽のない、ありのままの姿をそのままに見出そうとする瞳だ。
彼女は首をすくめて笑った。子どもにするみたいな、おどけた表情を一瞬だけ作る。僕の緊張の糸は簡単に解けていく。釣られて少し笑ったけれど虚しいだけだった。
「ユヅキ、今から私と貴方で話すわ、いいわね?」
僕はどこかで聞いたことがある言葉だなあと思いながら頷く。
なんの話だろう、なんて思わなかった。
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