DEAR ROIに帰ろう

紫野楓

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「今のなし、やり直させて」

 こんな苦しい世界は……もういいや。

 大きく息を、吸い込んだ。

「全部僕が悪かった……!」

 壊そう。

 自分に嘘を吐くことをやめよう。

 僕の言葉に、ノエルはうさぎが耳を立てるように反応して、おずおずと振り返った。

 僕の顔は涙と鼻水でとても子どもに見せられるような大人の顔じゃなかった。でも隠すのはやめた。取り繕ったって意味がない。ノエルは子どもじゃない。

 今は僕の友だちだから。友だちに強がったって仕方ない。

 明日からちゃんと大人みたいになるから。子どもを護る大人でいるから。今は友達でいさせて。

 僕はベッドの上で起き上がって僕を見るノエルに近づくように、ベッドの目の前で膝を折って彼と目を合わせた。

「僕が蕗ちゃんに、嫌だ、って、言えなかっ、たから! ノエルが嫌、な気、持ちに、なっちゃった! 夕方帰る、約束も、破った!」

 普通に喋りたいのに、泣いてるせいでしゃくり上げるたびに言葉が弾んだ。

「僕が、意気地なしで、嘘、吐きで……!」

 大人だって、泣いている人が何を喋っているのか理解することに骨が折れるのに、人間を始めて4年か5年くらいの人に僕の言っていることを完全に聞き取れるわけがない。でもノエルは、こんな無様な僕を拒絶したり、倦厭したり、見ないふりをしたり、馬鹿にしたりしなかった。

 僕の言葉を、見えない耳で感じ取っているようだった。大きくて少し涼やかな瞳がまっすぐ僕を見つめている。こんな風にまっすぐ彼に視線を注がれるのはいつぶりだろう。

 彼は見えない僕の何かを強烈に感じ取っているようだった。

「ノエル、を……悲しい気持、ちにさせて、ごめんな、さい……ほんと……に、ごめんなさ、い」

 目を抑えて頭を下げたら、頭上から息を大きく吸い込む甘い音が聞こえてきた。

「いいよ!」

 顔を上げると、涙で歪んだ視界の向こうで、ノエルが僕に笑いかけている。

 優しい笑顔だった。

 言葉がそのまま表情に表れているような眩しくてシンプルで幼くて、それなのに僕に絶対の安堵を与えてくれる笑顔だった。

 言葉のままに、僕はようやく、今、この瞬間、ノエルに受け入れてもらえた気がした。隣に並ぶことを許された気がした。

「……あり、がと、う……」

 消え入るような声で言ったら、ノエルがずりずりと僕のほうに寄ってくる。

「ぎゅってしてあげよっか?」

 もうやだこの子。

「し、て……!」

 素直に頷いたら、体全部で、僕の上半身を抱きしめてくれた。

 あったかい。

「よしよし」

 あったかくてあったかくて、今まで堰き止めてきた感情が全部ぼろぼろ溢れていく。

 ノエルなら受け止めてくれるって、思ってしまった。





 
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