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Ⅴ
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しおりを挟むそれはまるで、舞台の上でスポットライトを浴びる女優のように見えた。
それくらい威厳があって、迫力があって、息を呑むような雰囲気があった。
「おかえりなさい」
「……今日、翔がここに、来ましたか」
ただいまよりも先に僕は彼女に不躾に質問してしまう。
彼女は笑いもせず、冷たくも暖かくもない表情で、僕のことをまっすぐに見つめている。
怖かった。
「きたわ」
彼女の圧に、僕の後ろめたさが際立って押しつぶされそうにもなる。
「私と、ノエルと、翔の三人で、おしゃべりした」
とても楽しかった、とつぶやくように言った彼女の口端に、桜の花びらのような儚い笑みが灯る。
「だけどもう翔はいない」
現実が僕の胸を突き刺す。
「ノエルは夕方になるまでここで貴方を待っていたけれど……今は部屋にいるわ」
消えかけた甘い香りと、恋しくなりそうな誰かの残り香を感じとってしまった。ここで翔とノエルとマダムがお茶会をしていたことは確かに間違いない。
また輪の中に入れなかった。えも言えない感情がどろどろとこみ上げてくる。
それは悔しさや寂しさやもどかしさや、置いていかれた怒りや、自分への侮蔑や、後悔や、絶望だった。この感情を誰にぶつければいいのか分からない。
荷物を人の誰もいないカウンターテーブルに投げ捨てて二階へ続く階段を駆け上がる。走りすぎて喉が痛かったけれどそれどころではなかった。
階段を上ってすぐ右側の扉の前で立ち止まって、息を整えるように深呼吸をする。
「……ノエルくん」
ノックするが反応はない。
僕はそっと扉を開けた。
ノエルは黒うさぎのぬいぐるみと一緒にふて寝していた。姿を見るだけでふて寝しているのが分かる。ノエルのベッドは彼よりずっと大きい。マダムの娘さんが使っていたものだからだ。彼より何十年も年上のベッドに、ノエルはちょこんと身を預けている。
夕闇はまもなく本当の夜に変わるのに、カーテンも閉めてない。いつもはもう数時間したら僕かマダムがカーテンを閉めにくるから、彼にそういう習慣がないのは当たり前といえば当たり前だ。
「ノエル、こっち向いて」
僕はベッドの前に立ち、控えめな感じで言った。ノエルはぴくりとも動かない。彼はとっくに女の子用のパジャマに着替えていた。これも母親のおさがりだ。
僕の声は聞こえているはずだ。
だから彼は、僕を無視していることになる。
心が波立って落ち着かなかった。
「きらい」
ノエルは少しも動かないで素っ気なく言い放った。聞く耳なんて持ってくれそうにない。ずっと横になって知らんふりをしている。
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