DEAR ROIに帰ろう

紫野楓

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 蕗ちゃんは大学生活の話を途切れなく延々としていた。僕はうん、うん、と聞きに徹していた。そのほうが楽だった。話は半分も頭の中に入ってこなかったが、彼女は僕が丁寧に相槌を打つだけで十分楽しいようだった。

 僕は花見団子の生地に入れる餅を包丁で切り続けている。種類はいくつか。花見に持っていくから花見団子、と呼んでいるだけで、実際のところ二口で食べられるくらいの大福を作っている。チョコレート、ストロベリーホワイトミルク、それからキャラメル……抹茶、粒あんと生クリーム。変わり種だとずんだやピスタチオ、マンゴー……種類だけでなく、サークルにいる全員が楽しむことのできる量を作らなければならない。

 彼女ならそれくらいのことをこなすことができる。向上心があり、高い目標があり、それを実らせる努力を怠らない。僕など足元にも及ばないほどに彼女は意識が高く、負けず嫌いで、かっこいい。

 ボウルいっぱいになった切り餅に牛乳を少し入れ、ラップをかけて電子レンジに入れた。チョコレートを刻む工程になっても、彼女の話はまだまだ続く。終わらない。全く。一向に。

 終わらない。

 僕はいつになれば〈DEAR ROI〉へ帰ることができる?

 今になってここから抜け出して〈DEAR ROI〉に帰るなんて、彼女は絶対に許すはずがない。

 僕はこんなところでなにをしているんだろう。



 *



 解放されたのは日が沈んで少し経った後だった。僕は自分の罪悪感をかき消すように必死で走った。街灯は当然のように灯り、冷たい夜風が辛辣に体を切り裂く。僕は此の期に及んでも言い訳を探していた。頑張って走ったけど、帰ってくるって約束した夕方まで帰ってこれませんでした、ごめんなさい。こんな下らない言い訳の合間で、祈るように思考を巡らせた。翔はまだいるのかな。ノエルはまだ、眠ってないよね? お願い、二人ともどうか……待っていてくれないかな。

 待ってくれるわけなどない。店の目の前まで来た。肩で息をしながら、膝に手をついて空気を取り込んだ。〈DEAR ROI〉は閉まっていて、店側の光は最低限しか灯っていない。

 もう全部終わった後だとでも言っているようだった。

 痛くなって、思わずぎゅっと目を閉じた。汗が入ったからなのか、それとも別の何かなのか。僕の視界で街灯の灯火が何重にもなってきらきら輝いて落ちていった。

 目を擦って口を結んだ。ドアを開けると、騒々しい音が眠っている店内に響く。

 フロアの人影は、幻のように消え失せていた。

 カウンターの前にだけ、オレンジ色の明かりが闇夜をテラス月の光ように点っている。

 そこに、マダムが立っていた。





 
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