DEAR ROIに帰ろう

紫野楓

文字の大きさ
上 下
62 / 104

しおりを挟む



 途中、町と町の境目の坂で僕らは少し立ち止まった。

 僕は翔と眠っているノエルと一緒にこの場所に来た日のことを思い出さずにはいられない。あの時見た景色はもっと、もっと美しかった気がする。一週間で町の風景ががらりと変わるわけもないのになんでだろう。山にほのかにさくら色がちらついているくらいだった。

 ふいに彼女が僕の手を掴んでくる。

「お店に着くまで握っていてもいい?」

 僕はなにも言えなかった。

 彼女の手は僕よりずっと小さくて柔らかい。彼女は無言を同意と捉えたようで、すごく幸せそうに僕の手を掴んで坂を下っていく。好きにして、という言葉以外なにも出てこなかった。彼女に抗う力など、僕にはない。

 翔と二人でノエルを追いかけたあの夕立の日をなんとなく思い出していた。いつだって誰かに引っ張られて歩いている。僕が歩いている道ってなんなんだろう。僕が決めて歩いてきた道だと思うんだけどな。なんで自分が決めて歩いてきた道で、こんなに後ろめたい気持ちになっているんだろう。どうして僕は、こんなに苦しいのか。

「今、なにか考えてたでしょ」

 蕗ちゃんが僕を振り返り不満げに見上げていた。

 十人いたら八人は可愛いって言うに違いない上目遣いだ。プロだ。ちなみに僕は二人の方に入っている。いや可愛い上目遣いだとは思うけど。可愛いけどそういうんじゃない。もっと可愛い上目遣いを僕は知っているし、可愛い以上のなにもなかった。

「考えてないよ」

「嘘つき」

 そうだよ。いつもなにかに嘘をついて、なにかを精査して、なにかに納得して、なにかに言い聞かせて言い訳している。

「樫崎くんって気持ちが雰囲気に出るのよ」

 蕗ちゃんが言った。

「雰囲気に出てる?」

「傍にいるとあなたの気持ちが全て分かってしまいそう」

 それが本当なら僕はもっと自分に嘘をつかなければならないと思った。

 蕗ちゃんに軽蔑されるくらいなら大嘘吐きになったっていい。

 僕はそう思っていたはずだった。

 秋のお菓子屋の扉を蕗ちゃんが開ける。手が離れる。僕は一息吐く。

 今何時なんだろう。

 ノエルは、もう泣き止んだのかな。

「伯父さん、こんにちは!」

 蕗ちゃんが中へ入って行く。慶秋さんといくつかの談笑を始める声が聞こえた。

 僕はさっきから翔とノエルのことを思い出してばかりいる。

 なんで叩いてしまったんだろう。

 彼の笑顔が見たい。ノエルを泣かせてしまったことを伝えたい。翔の笑顔はいつだって僕の背中を押してくれる。僕の気持ちを大切にしてくれる。僕が選んだ選択肢を受け入れてくれる。そういう笑顔だった。だから彼には素直に何かを言えたんだ。

「樫崎くん、早く中に入って」

「……ごめん、今行くね」

 彼女はもう、キッチンのほうへ入ってしまっているようだった。ショウケースの裏、いつもの立ち位置にいる慶秋さんはいつもみたいに笑って僕にこんにちは、と言った。

 僕もこんにちは、と言って頭を下げる。

「慶秋さん、マダムが、いつも美味しいお菓子をありがとう、と。よろしく伝えてくださいと言っていました」

 僕は蕗ちゃんが伝えていないマダムの伝言を慶秋さんに言った。





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

処理中です...