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Ⅴ
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しおりを挟むノエルは固唾を飲んで僕の言葉を待っている。
これからノエルと、マダムと……会話しながら、素敵な時間を過ごしたい。今、心の中にあるわだかまりの全部を、二人に話したい。
それができれば、どれほど良いだろう。
僕が首を横に振るだけでそんな未来が叶う。
殻を破れば……。
僕が口を開くのとほぼ同時に勢いよく店の扉が開いた。場違いなくらい大きなドアベルの音が聞こえてくる。
中に入ってきたのは蕗ちゃんだった。
「こんにちは」とマダムが言う。蕗ちゃんも、少し上がった息を整えながら「こんにちは」と言った。
「やっぱりここにいた」
蕗はそう言って僕を見る。
「迎えに来たの、樫崎くん、サークル活動に来ないんだもの……あら?」
僕に近づいてきた彼女は、僕が抱きかかえている少年に気づいたようだった。ノエルの体が跳ねるのが伝わってくる。
「……だれ?」
ノエルが僕にしか聞こえないような小さな声で僕に聞いた。彼の大きな瞳は小波のように揺れている。
「蕗ちゃん、僕の友達」
ふきちゃん、と小さな声で繰り返すノエルは、まるで夏の終わりの花火みたいにしょんぼりしている。彼女が近づくと、人工的に作られた優雅な香水の香りが鼻についた。いつもの香水の匂いだ。今日も彼女はワンピースを着ている。華やかだった。
「まあ可愛い! こんにちは」
蕗ちゃんがノエルと目線を合わせるようにして笑う。髪が肩からはらりと離れて胸のほうに流れていった。
「……こんにちは」
いつもの十分の一もないくらいの小さな声でノエルは言い返す。
「お名前は?」
「……ノエル」
「ノエル? 変わった名前ね」
ノエルは少し蕗ちゃんを見ると、僕の首元に顔を埋めて蕗ちゃんを見ようとしない。怯えているようだった。ノエルはここにいる誰も感じることができない何かを蕗ちゃんに対して感じ取っているようだった。
ノエルの反応を見た蕗ちゃんの顔が少し曇る。
「人見知りなのね。どなた?」
「マダムのお孫さん」
僕は端的に言った。前屈みになっていた蕗ちゃんがマダムのほうを向く。感情のない顔をして、申し訳程度に微笑んだ。
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