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Ⅳ
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しおりを挟む「誰のこと?」
僕は重い口を開いた。
「……翔のこと」
なんだ、と、彼女は言った。安堵したように肩を撫で下して、なんてことないような素振りで笑う。電灯より眩しい笑顔だった。僕に、明かりを点そうとしてくれるような眩しさだった。
「叩かれるようなことを翔くんがしちゃったんでしょ」
あっけらかんと彼女は言った。
「そうでなければ、樫崎くんが手をあげるわけない。樫崎くんが叩いちゃうくらい酷いことしたのよ、翔くんは」
僕は少し考えた。
「そう、なのかな……」
歯切れの悪い僕の背中を押すように彼女は頷く。
「樫崎くんは悪くない、少しも、これっぽっちも! だからそんな顔しないで、ね」
「でも、酷い顔をさせちゃったよ。なんにせよ誰かに手をあげるなんて……最低だよ、謝ることもできなかった」
「気にすることないわ。悪いのは向こうよ。樫崎くんが手をださないといけないような人とは、今後も付き合っちゃダメ。そんな人、絶対いい人じゃない。ねえ、樫崎くん。分かったでしょ? 樫崎くんは悪くないの。だからそんな泣きそうな顔しないでよ。そんな人とはこれっきりにして、とっとと忘れてしまったほうがいいのよ」
彼女は随分棘のある言い方をした。僕はそれにも胸が苦しくなる。蕗ちゃんは蕗ちゃんなりに、僕を励ましてくれているのは分かる。でも翔は、蕗ちゃんが言うほど酷い人なのだろうか。悪い人なのだろうか。
そうじゃないか、僕はモヤモヤしてるんじゃないのか。でも蕗ちゃんにに言われると、本当にそんな気もした。彼は悪い人なのかもしれない。悪い人で、僕を困惑させて面白がっているのかもしれない。昨日の電話の一連を見れば、そういう気もする。それに翔を迎えに来た、絹という女性は、彼をとてもよく知っている風だった。二人が付き合っていたとしても、誰もなんとも思いはしない。
だけど……そんな悪い人が初めて会った無鉄砲な子どものために自分がどうなってもいいなんて言うんだろうか。あんなに小さい子を愛しそうに大切にしている人が、悪い人なんだろうか。
「樫崎くん、気づいてないでしょ?」
蕗ちゃんが僕の手を掴んでくる。僕は顔を上げて彼女を見た。すごく悲しそうな顔をしている。こんな可愛い女の子をこんな顔にさせてしまう僕のほうが、やっぱり悪い人に思えた。
「いつもと全然違うよ。なんか変だよ」
血の気が引くようだった。一番言われたくない言葉だった。変だ、って。
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