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Ⅳ
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しおりを挟む「どうしたの? すごく泣きそうな顔してる」
彼女が心配そうな顔をして首を傾げる。髪に隠れていた大き目のピアスがちらと見えて、揺れると灯り始めた街灯の光に反射してきらりと輝いた。
「なにかあったの?」
彼女ははっきりとした声で僕に尋ねる。
僕はひやっとした。めざとい。
「なにって、なにも」
「なにがあったの?」
有無を言わせないその言葉に言い淀んでしまった。彼女はすごく真っ直ぐだ。僕にはない強さを持っていて、とても羨ましい。だけど今はちょっと困った気分にされてしまう。
なにがあったと言われても、なにを言っていいのか僕にも分からない。どこから、どういうふうに言えばいい? 先ほどあったことを話すとなれば、僕は嫌でも翔のことを話題にしなければならない。もう会えないかもしれない彼のことを、彼女に話すことになんのメリットがあるっていうんだろう? 生傷を塩で揉まれているような気持ちになった。
言葉にすれば、先までのことが幻などではないことを自分自身で認めてしまっているようで嫌だ。僕はこんなところでも逃げてる。ほんと酷い。
「聞くまで帰らないから」
彼女の言葉は、僕にとってはだいぶ大打撃だった。話さなければ、テコでも動きそうにない。僕がなにかを言い出すまで口を閉ざすつもりだ。
僕はあろうことか、彼女に対して酷く苛立った。
放っておいてよ、という言葉が喉元まで出かかる。それをぐっと飲み込んだ。蕗ちゃんにそんなことを言ったら、大学でどんな扱いを受けるか分かったもんじゃない。彼女は甘えるのが上手で、助けを求めることも上手だ。それは悪いことじゃない。美点だとすら思う。僕もそうなれればいいのに、あいにく人望も人脈も彼女に比べればずっと少ない。
「鬱陶しいって思ってる?」
彼女は頬杖をついて、僕のことを眺めていた。口元が挑発するように笑っている。僕は背筋に嫌な汗が流れるのを感じながら首を横に振った。
「思ってないよ」
「樫崎くんって、多分自分が思っている以上に分かりやすいよ」
「思ってない、よ、鬱陶しいなんて、本当に」
彼女は笑った。
「じゃあどうして言えないの?」
僕は諦めて差し支えない言葉を探す。
「叩いちゃった、顔を、思いっきり」
そっかあ、と彼女は相槌を打つ。
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