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Ⅲ
19
しおりを挟む「幻滅するでしょ」
僕は自嘲するように笑う。自分を嘲る方が楽だから。
「普通じゃなかった」
楽だけどこんなに虚しい。
「幻滅なんかしないよ、少しも」
彼の声は凪いでいる湖のように静かだったけど心臓に刃が突き刺さったような衝撃を受けた。翔は笑ってもいな
い、怒ってもいない。悲しんでもない。哀れんでもない。
「……どうして、みんな僕をすごい目で見ていたのに、毎日いじめられていた。化け物、って、石を投げられたこともあった」
「構やしないさ」
と彼は言った。でもその後に一呼吸置いて言葉を付け加える。
「優月が納得していたのなら」
全身にぞわぞわとした悪寒が走るようだった。
僕が納得していたのなら……?
「問題なのは、優月が女の子として生きていたことじゃなくて……優月が納得できない生き方をしていたことなんじゃないかな」
「でも……そうするしかなかった、仕方なかった、僕は……母に愛されたかった、子どもだったから」
「……辛かったね」
辛かったね、彼はそう言って、僕を優しく抱きしめた。
……あったかい。
「もう、自分に嘘を吐くのはやめよう」
嘘?
「好きなようにしなよ」
好きなように?
そうだ。そうだそうだ。
僕は今。
昔の僕が羨ましがるような世界の中にいる。
「思ったことは素直に言いなよ」
年相応の、見た目相応の身なりで、相応の大学に通って、それなりに生活してる。髪だって短い。誰も僕も化け物なんて言わない。石も投げない。血も流れない。仲のいい女の子もいる。友達も少なからずいる。毎日楽しい。
はずだった。
はずだったのに。
それなのに。
翔と出会ってから、僕はこんなにこんなに。
「……僕は君……に会ってか、ら……!」
消え入るような声で、涙を抑えながら言った。
彼の肩に腕を回して、おずおずと抱きつく。肩口に顔を薄めたら、目から涙が溢れて彼の肩に滲んだ。ずっとこうしていたいと思う気持ちを殺す。
「……君に、会って……僕……っ……」
背中に腕が回ってくる。頭の後ろを抱えるようにして撫でられた。
彼の匂いで体全部が包まれる。微睡みそうだった。
「……昔を、思い出して……翔……」
うん、と彼は僕の半分涙の入った言葉を受け止めてくれた。
「君に会ってから、辛い、よ! 苦……しい……! 苦しいよ!」
僕が日常だと思っていた、幸せだと思っていた世界が……彼と出会った瞬間に、全部作り物だったのだと思えるくらいに、味気なく思えてしまっている。
今まで感じたことのない感情がいっぱい、沸騰したあぶくみたいに心に雪崩れ込んできてついていけない。
「ごめんね」
僕たちは抱きしめ合っているから、彼の声帯が震わせた空気が、直接僕の体を振動させた。
僕は目を見開く。
……違う。
「優月を好きで……ごめんね」
許して、と彼は掠れる声で言った。
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