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Ⅲ
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しおりを挟む彼はなにも言わずに僕の隣に座って、さっきまでの僕と同じように膝を抱えて川面を見つめる。口元は優しく弧を描いている。
なにを言われるんだろうと思った。同情も要らない。恋慕も要らない。慈悲も要らない。今は。何もかも要らなかった。一人になりたかったから。
彼が口を開く。吐き出される言葉に怯えた。
「なにしてたの」
その言葉に同情はなかった。恋慕もなかった。慈悲もなかった。
僕の口は重くてなかなか言葉が出ない。
「川、見てたの?」
僕は翔の視線に釣られるように水面を見た。
川の流れる音が聞こえる。
冬が溶けていく音だ。
僕はどきどきした拍動をなだめながら、こくりと一つ頷いた。
そうなんだ、と彼は笑う。
「川好き?」
「……あまり」
「へえ、あまり好きじゃないんだ」
「だって……」
うん、と彼は僕の続かない言葉に相槌を打つ。
僕の言葉は続かない。
だけど彼は急かしたり、続きを催促したりしなかった。まるでこの無言の空間を楽しむように、優しく笑んだ口元を携えながら月の光を浴びている。
彼は絶対に口を開かないと思った。
僕が喋らない限りは。
無音に背中を押されるようにして僕の口は言葉を紡ぐ。
「昔のこと、思い出すから」
「そう……昔のことを思い出すんだね」
僕は頷く。木々に切り取られた空の上で、月の光が優しい。
「どれくらい昔のこと? ずっとずっと昔のこと?」
「……10年くらい前」
「10年前ねえ……川を見てると、10年前を思い出すから、あまり好きじゃないってことか」
「でも……なんとなく来ちゃったけど……」
「なんとなく来ちゃうくらいには、川に来慣れてるんだね」
「染みついてるのかも、いく場所がない時、いつも川辺にいたよ」
「行く場所がない時?」
「僕は要らない子だったから居場所がなかったんだ、化け物って、ずっと言われてきた……軽蔑するでしょ、僕、全然、普通じゃなかったから、さ、友達もいないし、日常が分かんないんだよね」
「普通じゃなかったんだ」
「普通じゃなかった、おかしかった、僕は……だって僕、僕さ……」
「うん……優月がどうしたの」
「僕は10といくつくらいまで女の子として生きていた」
要らないことを言っているのが分かった。
僕はいよいよ翔に軽蔑されるかもしれないと思った。でもそれ以上に僕はこのことを誰かに話したいと思ってしまっていた。だって月の光と翔が優しかったから、僕の心の中でがんじがらめになっていたずっと誰にも言わずにしまっていた大嫌いな昔のことを詰め込んだものの封印が解けるようにするりと消えていったんだ。
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