DEAR ROIに帰ろう

紫野楓

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 僕は嘘つきかもしれない。

 声が聞こえてきた。後ろの方から。

「樫崎くーん!」

 ノエルの手を離してしまった。咄嗟に、僕は。

 一人のふりをしてしまった。

 僕は流れるように後ろを向いた。蕗ちゃんが僕に向かって手を振りながら駆けてくる。息と体を弾ませた蕗ちゃんは、パステルピンクのスプリングコートと長くて少しふわふわしているピンクブラウンうの髪を風に揺蕩わせている。

 春風が吹いていた。

「樫崎くん、おはよう。偶然ね」

 蕗ちゃんは僕の前に来ると乱れた前髪を手櫛で直しながら笑った。香水の匂いが春風に乗って僕の周りに流れる。いつもつけてる同じ匂いの、甘くて科学的で不思議な匂いのする香水だ。口紅はチェリーピンク。アイシャドウは控えめなモスグリーンが差してある。春色だ。僕はぎこちない笑顔で彼女におはようと言う。

 偶然ね、と彼女は言った。

 そんなはずない、と僕は思う。

 彼女は僕が大学へ行く日を知っている。来る時間も知っている。聞かれたから。教えない理由もないし。

「そう言えば、前期の履修科目決めた?」

 蕗ちゃんは僕に一歩近付くと、僕の顔を覗き込むように身を屈める。薄い枯れ草色のタートルネックのセーターの胸の上で、上品なネックレスが揺れている。

「まだだったら、前期も一緒の科目をとろうよ。樫崎くんと一緒がいいな」

 彼女が僕に求めている答えはイエスだ。今までも僕は、なんでもイエスと答えてきた。

 彼女にはノエルも翔も見えていないようだった。僕しか見えていないのか、それとも……。なにしろこれは都合がいいんじゃないか、と僕の気弱な心が言っている。

 このまま知らないふりをすれば、変な波風は立たない。蕗ちゃんのことだから、ノエルと翔と僕の関係性について根掘り葉掘り聞いてくるに違いなかった。

 僕は彼女の好奇心に答えられるほど言葉が上手じゃない。

 それに、この二人を、誰かに知られたくないと思った。

 このままやり過ごせるなら、それがいいんじゃないかって、弱気になっていたら、僕の視界を誰かの両手が遮った。

「おはようございます。俺は翔という者です、初めまして。あなたは?」

 翔が僕を引き寄せて、ぐっと蕗ちゃんに近寄った。僕の体は全身が心臓になってしまったみたいにどくどくしていた。







 
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