DEAR ROIに帰ろう

紫野楓

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 僕たちは朝食を済ませた後、軽く身支度をして『DEAR ROI』を出た。三人で手を繋ぎながら駅まで歩き、電車に乗って紫針の駅で降りる。ノエルは今朝来た服の格好のままで、背中には初めて出会った頃のようにリュックとうさぎのノエルが背負われていた。

 ノエルも翔も、すごく落ち着いていて、のびのびとしていて、ありのままだった。初めて会った時の緊張や張り詰めたような空気はまるでない。それはたった昨日のことなのに、もう何年も前のことのように思えるくらい、僕らは何故か馴染んでいた。

 僕が通うM大は結構大きい。いろんな学部があるし、キャンパスも広い。僕は多分同じ学年の同級生のたった1割とすら関わっていないと思う。

 同じ学部の同じ学科の何人かと、サークルで顔馴染みの何人かしか知らない。そこまで社交的じゃないし、普段は面識がない人と打ち解けることが難しい。発言も言葉を選ぶことに時間がかかってしまうから、会話のテンポも良くはならずにぎこちなくなってしまう。そういう関わりが面倒だから、必要最低限の、今くらいで、僕は満足してしまっている。

 母数が大きいから、中に入ってしまえば、誰が在学生で、誰が部外者で、誰が関係者で、誰が教授なのか、全く分からない。でも多分大学ってそういうところだと思う。そういうわけだから、翔とノエルが僕の通う大学へ遊びにきても誰も不審に思わないし、いい意味で関わりがないはずだ。

 学食なんか安くて美味しいし、広場も見どころが盛りだくさんだし、芸術学部のキャンパスは不思議なものでいっぱいだし……結構楽しいんじゃないかな。

 絶対に大学がどういうところか分からないのに、ノエルは終始楽しそうだった。目的地へ向かう幅の広い一本道の両端には、大きな木が何本も立っている。

 ノエルは草木を見上げて、瞳を見開く。その瞳は満天の星空を詰め込んだかのように輝いていた。

「きれい」

「どれが?」

 翔がノエルと目線を合わせるように屈んで言った。

「ぜんぶきれい」

 ほっぺがりんごみたいに赤くなる。

「かあさんと、いっしょにみたのとおなじ! おなじいろ!」

 ノエルの言葉は難しい。僕と翔は顔を見合わせて首を傾げた。

 俺思うんだけどさ、と翔が僕に向かって言う。

「ノエルって、なんかこう、俺らと見えてる世界が、違う気がする」

「僕もそう思った」

「楽しそうだからなんでもいいんだけどさ」

 異論がないので頷いてノエルを見下ろす。すごく幸せそうだから、きっとこれが答えなんだろう。

「これ、全部桜の木なんだよ。あと何週間かしたら満開になる。人でごった返すよ。紫針はちょっとした桜の名所だから」

「へえ、それは見たいな」

 翔も少しノエルを見下ろして、そして小さく笑って、僕のことをまっすぐ見つめるんだった。

「三人で見たいな」

 僕は、見ようとは言えなかった。

 でも見たいとは思った。

 紫針での花見は毎年、いい思い出がないから。






 
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