28 / 104
Ⅲ
7
しおりを挟む僕たちは朝食を済ませた後、軽く身支度をして『DEAR ROI』を出た。三人で手を繋ぎながら駅まで歩き、電車に乗って紫針の駅で降りる。ノエルは今朝来た服の格好のままで、背中には初めて出会った頃のようにリュックとうさぎのノエルが背負われていた。
ノエルも翔も、すごく落ち着いていて、のびのびとしていて、ありのままだった。初めて会った時の緊張や張り詰めたような空気はまるでない。それはたった昨日のことなのに、もう何年も前のことのように思えるくらい、僕らは何故か馴染んでいた。
僕が通うM大は結構大きい。いろんな学部があるし、キャンパスも広い。僕は多分同じ学年の同級生のたった1割とすら関わっていないと思う。
同じ学部の同じ学科の何人かと、サークルで顔馴染みの何人かしか知らない。そこまで社交的じゃないし、普段は面識がない人と打ち解けることが難しい。発言も言葉を選ぶことに時間がかかってしまうから、会話のテンポも良くはならずにぎこちなくなってしまう。そういう関わりが面倒だから、必要最低限の、今くらいで、僕は満足してしまっている。
母数が大きいから、中に入ってしまえば、誰が在学生で、誰が部外者で、誰が関係者で、誰が教授なのか、全く分からない。でも多分大学ってそういうところだと思う。そういうわけだから、翔とノエルが僕の通う大学へ遊びにきても誰も不審に思わないし、いい意味で関わりがないはずだ。
学食なんか安くて美味しいし、広場も見どころが盛りだくさんだし、芸術学部のキャンパスは不思議なものでいっぱいだし……結構楽しいんじゃないかな。
絶対に大学がどういうところか分からないのに、ノエルは終始楽しそうだった。目的地へ向かう幅の広い一本道の両端には、大きな木が何本も立っている。
ノエルは草木を見上げて、瞳を見開く。その瞳は満天の星空を詰め込んだかのように輝いていた。
「きれい」
「どれが?」
翔がノエルと目線を合わせるように屈んで言った。
「ぜんぶきれい」
ほっぺがりんごみたいに赤くなる。
「かあさんと、いっしょにみたのとおなじ! おなじいろ!」
ノエルの言葉は難しい。僕と翔は顔を見合わせて首を傾げた。
俺思うんだけどさ、と翔が僕に向かって言う。
「ノエルって、なんかこう、俺らと見えてる世界が、違う気がする」
「僕もそう思った」
「楽しそうだからなんでもいいんだけどさ」
異論がないので頷いてノエルを見下ろす。すごく幸せそうだから、きっとこれが答えなんだろう。
「これ、全部桜の木なんだよ。あと何週間かしたら満開になる。人でごった返すよ。紫針はちょっとした桜の名所だから」
「へえ、それは見たいな」
翔も少しノエルを見下ろして、そして小さく笑って、僕のことをまっすぐ見つめるんだった。
「三人で見たいな」
僕は、見ようとは言えなかった。
でも見たいとは思った。
紫針での花見は毎年、いい思い出がないから。
0
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる