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Ⅲ
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しおりを挟む「僕はコーヒーにするけど、翔はどうする?」
「優月と一緒でいい……でも砂糖ちょっと入れて……大さじ2くらい」
「それちょっとじゃない」
「苦いの飲めない」
「他のにすれば?」
「優月と一緒がいいの!」
「……変な人」
僕は二人分のコーヒーを入れながら口元を緩めた。大さじ2杯の砂糖を、一方のコーヒーカップの中に入れながら時計を見る。
サンドウィッチもスープも、少し冷めてしまったけれど……こんな冷め方なら、冷たいスープも美味しいと思った。
こんな朝なら、食べるものがどんなものだとしても、素敵な朝食になるだろうと思った。
僕はこんな時間のためだったら、いくらだって早起きして朝食を作れると思った。
「いただきます!」
最後に僕が席に着くと、ノエルが元気よく言った。
いろんな香りが混じる食卓が、すごく幸せだと思った。
ノエルもマダムも、翔も笑ってる。なんかキラキラして見える。朝日のせいかな。
「美味しい。朝ごはん作ってくれてありがとう」
翔が僕を真っ直ぐ見つめてそんなことを言うから、いつもは簡単に言えるどういたしましてが全然出てこなくて、僕は目をうろうろさせながら俯いてしまった。目の前のマダムが笑っているのが見える。やな感じ。体が熱くて、ほんとやな感じ。
「照れてるのよ」
マダムが言った。
「てれてれ!」
ノエルが言った。
「照れてない!」
翔が笑う。
ノエルはすごく、にこにこしていた。この笑みは大好きないちごを食べているからだけじゃないと思った。彼は彼にしか感じられない何かを感じ取っているような気がする。彼の瞳に映る世界は、僕が見ている世界より、ずっと複雑なのかもしれない。
造形は似てないけど、瞳は確かに、マダムにそっくりの、澄んでいてなんでも見透かしてしまうような、怖いくらい綺麗な瞳だった。
ノエルはその目で、今どんな世界を見てるんだろう。
「ノエル、おにいちゃんすき! ばあちゃんもすき!」
突然ノエルが言った。翔が悲しそうな声で、え、と呟く。
「俺は!?」
「だいすき!」
翔が不意打ちを喰らって言葉に詰まっている。
俺も好きだけど、ってボソボソ言っていて面白い。この二人なんか似てる。
朝食が落ち着いた後に、マダムが食後の紅茶を飲みながら言った。
今日の予定は、って。
僕の心は現実に戻る。色々やらなければならないことがあるんだった。少しだけ、浮ついていた気持ちが冷静になった。
今日は、と僕は口を開く。
「大学へ行きます。履修科目を考えて……サークルへ顔を出さなきゃ……」
「大学ってM大?」
背伸びして選んだコーヒーを苦そうな顔で飲んでいる翔が会話に入ってきた。そうだよ、と僕は言う。
「じゃあ俺も一緒に行こうかな」
「じゃあノエルもいこうかな」
真似すんな、と翔がいなす。彼はそのまま僕の顔を覗き込んだ。
「邪魔はしないから、ちょっと探索したいだけ」
「ノエルも!」
行ってらっしゃいな、とマダムが言う。
僕は特に何も考えず頷いた。
ノエルが嬉しそうだったから、まあいっか、って思った。
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