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Ⅲ
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しおりを挟むうーんなんか雰囲気違うなって、思った。
彼、眼鏡を掛けてない。そりゃ寝るときは外すよね。カーテンから洩れる朝日が、彼の顔に落ちて光っている。寝顔は随分、幼く見えた。子どもみたい。そもそも翔って何歳なんだろ。分からないけど、まあいいや。眼鏡を掛けていないのに、瞳が見られないのが残念だと思った。
「……翔、7時だよ、朝だよ」
耳元で話しかけたけど、全く起きる気配がない。身じろぎすらしなかった。さてどうしたものか……迷ったけどとりあえずカーテンを開けた。日差しが差し込んで、彼は少し身じろぐ。僕はすかさず肩を揺らした。
「翔、スープが冷めちゃうよ、ノエルくんも起きたよ、起きて」
「ん……やだ……」
は?
彼の寝返りを遮ると、彼は僕の手を掴んで引き寄せた。
「ちょ、っと……」
「……うるさい、なぁ……」
抱き込まれそうになるのを、腕を立てて堪えると、彼は手で辿るように僕の腹部に腕を回してくるんだった。
寝てるから、翔の体温はぽかぽかだった。僕を抱き枕かなにかと勘違いしてるんだろうか。瞳は閉じっぱなしだから、きっと自分の状況が分かってないに違いない。
どきどきしながらも、僕ははあ、とため息をつかずにはいられない。
世界には……こんなにも……。
こんなにも寝起きが悪い人間がいるのか……。
「翔、っ、てば! 起きないと……!」
「……まだ……」
僕をがしっと掴んで離さない。この重みはさっきノエルで感じた。拒絶など到底知らない無垢な重みだった。遠慮のない重みだ。
体がぶわ、と熱くなる。僕は動揺しながら眠っている彼の顔を見下ろした。睫毛なが。右手の人差し指で、おそるおそる、彼の頬を触ってみた。彼は起きない。それなのに人差し指をおずおずと掴まれて抱き込まれた。
不思議なひと、ほんと、不思議なひと、変なひと……! 昨日の翔からは想像できない姿に、僕は失望するどころかついうっかり……ときめいてしまっているかもしれない。いやそんなことない。ときめいてない! でもなんだこの気持ちは。
なんだこの気持ちは!
こんなに寝起きが悪いのに、普段は一体誰に起こしてもらっているんだろう?
僕は非常に気になった。一人で起きられるんだろうか? 起こしてくれる人がいるのかな。それってどんな人だろう? 彼にとって、彼にとって……特別な人なのかな。
「カケルー!」
ベッドが大きく軋んだと思った時にはノエルが翔の体に飛び込んでいた。
「おきろー! ねぼすけー! あはは!」
背中に跨ったノエルは全体重で翔の体の上で弾んでいた。なるほど……ねぼすけはこうやって起こせばいいのか。……起こせばいいのか?
翔があからさまに眉を潜めて、うっすら目を開けた。
……あ……。
「なに……痛い……」
「あさ! あーさー!」
瞬きする彼の瞳が、耳元で大声を出すノエルに向かって細められる。
黒縁のレンズのない彼の瞳は、吸い込まれそうなほどに綺麗だった。
この人は、眼鏡を掛けた方がいい。
そうしないと、彼はきっと……。
彼の言葉を借りると。
「うるさぁ……」
「カケルー!」
僕より特別になるかもしれない誰かに、声をかけられてしまうかもしれない、って。
思った。
翔は首元に抱き付いているノエルごと起き上がると、少し唸って背伸びをした。僕はその様子を何も言わずにじっと見つめていた。
「ねぼすけ!」
「はぁい、ねぼすけです……今何時……おはよ……」
翔はノエルを引き剥がしながら誰に言うでもなく呟く。
「しちじ!」
「ねぼすけじゃないじゃん……まだ朝じゃん……」
「もうすぐ朝ごはんだよ」
僕はノエルの言葉を捕捉するように、そっと口を開く。僕の声に翔はあからさまに目を見開いて僕の方を見た。
僕はなににも遮られていない彼の瞳と、ばっちり目があった。キラキラしてるのは朝日のせいだけじゃない。吸い込まれそうな綺麗な黒だった。
その瞳が僕だけを映して、笑っている。
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