23 / 104
Ⅲ
2
しおりを挟む僕は廊下を歩きながら、翔とノエルはまだ眠っているのか、そうでないのかを考えていた。二人ともを起こすのは大変だ。っていうか僕、誰かを起こすって行為をしたことがないかもしれない。マダムは僕より早起きだし……幼い頃から家族とも疎遠だからそんな日常的なことはされてこなかったし、してこなかった。
起こす、って、どうすればいいんだ?
分からないな……分からなくても7時は目前だから、僕はどうにかして二人を起こさなければならないのだ。
ええい、ままよと扉を開けると、意外にもノエルが起きていて、一人で身支度をしていた。僕が扉を開ける音に反応して、一生懸命ブラウスのボタンをとめていたノエルが顔を上げる。僕と目があった瞬間、ノエルは僕の方へ駆け出して抱きついてきた。
「おにいちゃん」
「ノエルくん、おはよう」
「うん、おはよう」
僕は一足遅く、彼と目線が合うようにしゃがむ。ノエルは髪に寝癖がついていることも知らないで、無防備で無垢な笑顔を僕に向けてくれる。僕は多分笑顔になっていたと思う。こんな眩しい笑顔を前にしたら釣られてしまうのも仕方ない。
彼は当然のように僕の肩口あたりに頬ずりしてくる。拒絶されることなんてまるで想像だにしていない、ずっしりした重みと首筋に触れる彼の細くて柔らかい髪の毛が愛しい。
「着替えてたんだ」
「うん! ノエル、ぼたん、ひとりでできるんだよ、みてて!」
僕はしゃがんだ膝の上に肘を立てて頬杖をつきながら、彼が小さくておぼつかない両手で一生懸命ボタンを留める様子を見ていた。1時間でも2時間でも見守っていたいところだけど、7時はやってくるのだ。
ノエルが下から二個目のボタンを止めると、満足そうに僕を見る。
「すごいね、本当に一人でできるんだ」
「うん!」
ひまわりが咲いたみたいだ。かわいいな。でもそのあと彼はもじもじして言った。ちょっと気まずそうだった。
「いちばんうえだけとめて、ノエルできないの」
「一番上?」
「だってみえないんだもん、よんさいこどもにはできない。ごさいになったらできる」
あれ昨日5歳って言ってなかったっけって思ったけどもうどうでもいい。なんでもいい。全然いい。もはや3歳でも6歳でもいい。もうなんでもいい。彼が今、僕にとびきり可愛い言葉で手伝いをお願いしているという事実だけあればいい。
「いいよ、全部止めてあげてもいいよ」
「だいじょうぶ! ノエルおにいちゃんだからできる」
僕はつい少し声を出して笑ってしまった。子どもって子どもになったりお兄ちゃんになったり忙しいな。ボタンを止めるだけでもこんなにドラマが溢れていていいな。
昨日翔が言っていた言葉を思い出す。僕らにとっては本当に小さなことだとしても、ノエルにとっては世界が変わるくらい大きなことかもしれないから。
でも僕は、翔みたいに気のいい言葉をかけられるほど言葉を知らない。
頑張ってね、と笑顔を向けることしかできないけど、ノエルは本当に幸せそうに笑って頷いたんだ。
いいな。可愛いな。
で、問題はこっち。
「一番のねぼすけはこの人ってことでいいかな?」
ノエルが僕の声で手を止めて笑う。
「カケル、ねぼすけ!」
思いっきりバカにしたようにげらげら笑っている。ねぼすけ、って語感が気に入ったみたい。もっと笑ってやれ。
僕はノエルの笑い声につられるようにして笑みをこぼしながら、猫みたいに丸まってすやすや眠っている翔の側に座った。ベッドが僕の体重分沈んでカケルの体が傾く。体勢から見るに、ノエルを抱きしめて寝ていたに違いない。
0
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる