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Ⅱ
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しおりを挟む不可抗力だけど、確かにこれじゃ僕が翔に抱きついているみたい。
突き飛ばしてやろうかと思ったけど、そんなことをしたら取り返しのつかないことになる。そこまではいかないにしても、こそばゆくって、僕は彼の体に触れている腕を離したくなった。だけどできない。
翔はそれを見透かして僕にそんなことを言うんだ。
意地悪だ。
「顔色、随分よくなったね」
翔は僕を見下ろすようにして見てくる。
僕は顔を逸らす。
「こんなに暗いのに、顔色なんて分からないでしょ」
「月明かりだけでもわかるよ、全然違うよ」
「分からないよ」
「分かる。優月が寝ちゃう寸前まで顔を見てたから」
「……もういいよ、」
苦し紛れに吐いた言葉は、彼の笑い声にかき消されてしまった。僕は恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ない。それなのに、外の匂いの合間に香ってくる彼の香りに酷く心地よさを感じている自分もいた。
聞きたいことも言いたいこともたくさんあるのに、僕はそれらのひとつまみすら彼に話す術を知らない。今は何時で、僕が眠った後どうなったの? マダムは? どうして空を見ていたの? なぜノエルは眠っているの? 翔はなんで、まだここに……いるの?
翔って、僕のことを、どんな風に思っているの……?
「月が綺麗だねえ」
途切れた会話を取り持つように、翔がなんてことない雰囲気で言った。
「いや、違うな……とても綺麗に見える、というか……すごく夜空が綺麗に見える、この街は」
言われて僕はおずおずと夜空を見上げた。確かに綺麗かもしれない。意識して見たのは今が初めてなような気もする。言われてみれば、と歯切れの悪い言葉を返した。翔がくすくす笑ってる。
「両親が転勤族でさあ、数え切れないくらい引越しをして、転校をしたよ。だからいろんな街の空をたくさん見てきた」
「君がいろんな人とすぐに打ち解けられるのはそのせいなの」
翔は僕の質問し少し困ったように笑うんだった。
「そうかもね、なにごともほどほどに……人間付き合いも、どれだけ仲良くなったって、どうせすぐに別れちゃうんだって、思ってたから……広く浅くって感じだったよ。黙ってるより喋ってたほうがいいし、無表情より笑っていたほうが好感度も上がるし、いなくてもいいけど、いたらいたで都合がいい人間を装うのは得意だね」
「虚しくない?」
「うーん、この場合、俺の感情は別っていうか……本音と建前の切り替えが大事というか……上手く言えないけど……そうしないと、疲れちゃうんだよね、だってどうせ、離れ離れになっちゃうんだから。知り合いや友達で言ったら百人や千人はいるかもしれないけど、親友は一人もいない、そんな感じ。フレンドリーなのはもともとの性格だけどね」
「そうなのかな」
どういうこと、と翔は言った。
「フレンドリーにならざるを得ない環境にいたから、フレンドリーになったんじゃないかな。君がどうなりたかったかは別として。人間は文化や環境で容易に生き方を変えられてしまうし、それを寂しいと思わないのは……虚しいと思わないのは、そんな風に思わないほうが楽だから」
僕は話す必要のないことを言っている気がした。
だけど、開いた口はそれを止めるタイミングを見失っている。
「君は相手が言って欲しい言葉を的確に選ぶことができるんだね」
喋り続けるようにプログラミングされたロボットみたいだ。
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