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Ⅱ
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しおりを挟む残酷だ。
白萩についた瞬間、嘘みたいに雨が晴れて、びしょ濡れの僕らは雨しか降らない星から帰ってきた人間みたいになった。いろんな要素が絡まりあって頭がズキズキ痛む。寒い。
出かけた時は「open」だった〈DEAR ROI〉の扉のプレートは「closed」になっていた。いつも裏返す時間よりもずっとずっと早い。どうしてだろう。まあいい、その方が僕に取っても都合がいい。
店の扉を開けたのはやっぱりノエルだった。この扉の先には自分がずっと会いたかった人がいると信じて疑わない純粋さと思い切りさが表れている元気な開け方だった。
「ヒメー!」
子どもって素敵だ。
〈DEAR ROI〉は暖かい。すぐ見えるところには誰もいなかったけれど、奥のテーブルに飲みかけのコーヒーのカップが三つ置いてあった。僕のいない間にお客さんが来たんだと漠然と思う。
物音を聞きつけて、つい数時間前と全く同じ格好のマダムが、僕らを歓迎するように両腕を伸ばして二階から降りてきた。その伸びた両腕に飛び込んだのは当たり前のようにノエルだった。
「よく来たわね……まぁノエル、すごく濡れてるじゃない」
「すっごいあめだった!」
マダムは自分の服が濡れることなんて少しも気にしないで、ノエルを強く強く抱きしめた。その後カウンターに用意してあった無地の白いバスタオルをノエルの上にふわりとかぶせる。ノエルは小鳥が囀るようによく喋った。あれをした、これをした、あんなことが、こんなことがあったよ、っていうような……大人になると当たり前になってしまうけど、本当はすごく大切でキラキラしたお喋りを、マダムは大きな相槌を打ちながら、本当に嬉しそうに聞いている。
おかしいなあ。
タオルを用意してくれていたのは、別におかしくない。白萩もにわか雨に降られたっていうのは地面が濡れているのですぐに分かる。僕らが濡れてしまって帰ってきた時のために用意してくれていたのなら頭が上がらない。後でお礼を言わなければならない。たぶん洗うのは僕だけど。
それはいい。だけど。
突然孫が遊びに来たっていうのに、この落ち着きようはなに?
まるで全部分かってたみたいに?
マダムはひとしきりノエルに関わると、顔を上げて僕らを見た。
「おかえりなさい」
ノエルからぐちゃぐちゃのケーキの箱を受け取って、優しい顔で僕らに言う。微笑みは可愛くてあどけない。いつもはほっこりするその無邪気な笑顔は、今はとても残酷な表情に思えた。
「そちらの方は?」
マダムは翔の方を向くと「こんにちは」と言った。
僕は今すぐにでも聞きたいことをぐっと飲み込んで、マダムの質問に答える。
「翔です。翔……こちらは僕の言っていた、住み込みで働かせてもらっている〈DEAR ROI〉の店主、マダム、ってみんなは呼んでるよ」
翔もマダムに「こんにちは」と言い返す。
そして僕は深く、深く息を吸った。
マダムをしっかりと見据え、できるだけ静かに語り始める。
「翔はあなたのお孫さんを、紫針からここまで、連れてきてくださった方です。そして僕はたまたまノエルと翔と会ったので、こちらのお店を紹介するためにここまで一緒に来ていただきました。おかげで雨に濡れましたが、素敵な出会いがありましたよ。不思議ですよね、まるで予定調和のようで……とても運命を感じました、仕組まれていたと思えるほどに」
僕のもったいぶった話し方に隣の翔は吹き出していた。もう頭が痛い。頭が痛いけどこれだけは言わないと気がおさまらない。
マダムは僕の話を聞くなり、失敗してしまったシュークリームの生地を見るような顔をする。
「やあねぇ、ずいぶん根に持ってるのね。ねえカケルくん?」
「『はめられた』って顔してますね。……実際そうなんだろうけど」
翔に話を振ってごまかそうとしたって、そうはいかない。
洗いざらい告白してもらわないと、僕だってそこまで大人じゃないから。
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