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Ⅰ
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しおりを挟む「皆さんで食べてください、私からの贈り物です」
慶秋さんが、僕と翔に聞こえるような声で言った。慶秋さんが透明の大きな袋を持っている。中には一つずつ包装されたいろんな色の小ぶりのマドレーヌが入っていた。このマドレーヌめちゃくちゃ美味しい。生地がしっとりしていて滑らかで、舌触りがよくて……味はしっかりしているのに上品でくどくない。
「わぁ」
僕は思わず子どもみたいな声を出してしまって、慌てて口を塞いだ。翔はしっかりそれを聞いていて、僕に向かって笑って見せる。その眼差しはノエルを見るのと同じような感じで、僕はすごく恥ずかしい気持ちになった。顔が熱い。絶対赤いに違いない。
「ありがとうございます。でも、ちょっと、申し訳、ない」
取り繕って言ったけれど慶秋さんも翔も僕を見て笑うだけだった。
「うさぎのノエル、リュックにいれた! いれたよ! カケル!」
頭だけひょこ、と飛び出したうさぎのノエルの入ったリュックを背負ったノエルが、翔のところに駆け寄って、そのままの勢いで翔の脚に抱きついた。
慶秋さんは、そんなノエルを見て目を細める。愛おしそうな感じと、遠い過去に思いを馳せている感じが混ざり合って、限りなく透明に近い視線だった。
「大きくなりましたね」
「……え?」
翔が思わず、といった風に聞き直す。慶州さんは翔に微笑んだ。
「私が最後にお会いしたのは、ようやく歩けるようになった頃でした」
僕らは唐突な慶秋さんの言葉の意味をよくよく考えた。
最初に口を開いたのは翔だ。
「ノエルのこと?」
ええ、と慶秋さんが頷く。
「知り合いだったんですか」
「白雪さんのお孫さんですから」
「えっ⁉︎」
声を荒げたのは僕だ。白雪というのはマダムの名前だ。
ノエルがマダムの孫……?
慶秋さんが当たり前のように頷く。
「ノエルくんは、白雪さんに会いに来たのでは?」
慶秋さんはカウンター越しにノエルに話し掛ける。少し身を屈め、ノエルと目線を合わせる慶秋さんに、ノエルは少しも人見知りせずに元気な笑顔で応える。
「うん! ヒメにあいにきたの! ヒメにケーキみせる! ノエルがもっていく!」
ノエルは僕らの疑問なんて少しもお構いなしだ。姫とケーキのことしか頭にない。そういえばいちごのジュースはいいのかな。忘れちゃった?
「姫は、白雪さんのことですよ」
「待って、そもそも白雪さんって誰」
翔が独り言のように言う。僕は翔の疑問に答えるように口を開いた。
「マダムのことだよ、僕らがこの後行く予定の喫茶店の店主……でもなんで『姫』って呼んでるんだろう」
マダムを姫なんて呼ぶ人間なんていない。シズクさんでさえ言わない。
「白雪姫じゃない?」
翔がなんの感情もなさそうにぽつりと言った。
「あっ、なるほど……」
僕は感心した。すぐにその答えが出てきた翔にも感心したし、孫に自分のことを「姫」と呼ばせているマダムにもいろんな意味で感心した。
ちょっと間があって、翔はノエルを見る。
「お前、言わされてるだろ、ばあちゃんって言えよ」
翔が言った。
「ばあちゃん、って言ってくれたら、俺ここまでスリリングな気持ちでお前の送迎をしなくて済んだんだけど」
翔が大きなため息をつく。翔の気苦労なんて露も知らないノエルはまるで聞いていない。
僕はおかしくて笑った。
そしたら翔が僕を見て、困ったように笑うんだった。
「ノエルがもちます!」
ノエルはレジスターを挟んで慶秋さんの前にきりりと立ち、右手を真っ直ぐ伸ばした。宣誓するみたいに大きな声で言う。
「気をつけて持ってください」
「はい! わかりました!」
レジカウンターにギリギリ顔が見えるか見えないかくらいの身長のノエルはケーキの入った厚紙の箱を受け取るだけでもとてもおぼつかなかった。
「返事だけは立派だよなあ」
翔が苦笑する。でもノエルは紙箱を、しっかり両手で持つことができた。「きをつけて、きをつけて」と呪文のように小声で繰り返している。僕は紙箱だけを見て前を見ていない彼が、帰路で何度危ない目に合うのかを考える。ケーキはどれくらい原型を保つことができるだろう。
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