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51 自覚

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「おはようございます。騎士団長」
「ああ、おはよう。今日の訓練の予定だが___」
 
 彼と恋人になってから数日が経った。しかし、恋人になったからと言って変わったことは、今のところあまりない。これまで通りの日々をグレンノルトは送っていた。

「午後になったらもう一度、全体に向けて連絡を入れようと思う。それから……どうかしたか?」

 グレンノルトは、団員がどこかソワソワしているのに気付いた。注意する事でもなかったが、気になったグレンノルトは「どうかしたか」と問いかける。団員は、はっとしたあと「すみません!」と言って敬礼した。

「その……最近の団長は、元気そう、と言うか調子が良さそうに見えます! ですから、良い人でもできたんじゃないかと団の中で話題で……」
「……くだらないことを言ってないで、仕事をしろ」

 グレンノルトがそう言うと、団員はもう一度「すみません!」と言って敬礼すると、急ぐようにその場を去った。一人になったグレンノルトは、大きくため息を吐いた。「調子がいい」「元気そう」「良いことでもあったのか」そんなことを言われる機会が増えた。最近あったことと言えば、恋人ができたことくらい……

(まさか浮かれているようにでも見えるのか?)

 そんなわけがないだろう。今さら恋愛1つで喜ぶなんて、ティーンじゃあるまいし。そもそも仕事で付き合っているだけだ。騙している側の人間が、本気になってどうする。

「騙している、か……」

 変わらない日々を過ごしていると言っても、トウセイと恋人になり、変化したことはいくつかあった。トウセイを思い出す機会が増えた。そして、以前よりももっと強く罪悪感を覚えるようになった。
 トウセイと顔を合わせれば必ず話しかけた。部屋にも良く訪ねるようにした。グレンノルトがトウセイの元に行くと、彼はいつも一人だった。当たり前だ、彼が孤立するよう、周囲の人間がそう仕向けているんだから。しかし、彼の寂しそうな後ろ姿を見るたび、胸が苦しくなった。

「失礼しますトウセイ。ああ、読書中でしたか。すみませんお邪魔ですかね」
「グレン。そんなことないですよ。あ、お茶淹れますね」
 
 そして、俺を見つけどこか安心したような表情を見せる彼に、少しの優越感を感じてしまった。

 *

 任務で大樹の新芽を見に行ったとき、世界樹よりもまずその森の美しさにグレンノルトは見惚れた。ふわふわと浮かぶ、いくつもの光。

(ムーンフラワーを調べたときに、このような虫が……確かスターバグ、だったか。トウセイにもこの光景を見せたい)

 スターバグのことを隠し、大樹の新芽を見に行こうと誘ったのはちょっとしたひらめきだった。ただ、「ある」と言われているものを見に行くだけでは、彼もつまらないだろう。どうせなら彼が驚くような、そんな風にしたい。

(そうすれば、彼が喜んでくれるかも)

 任務から帰ると、すぐにトウセイをデートに誘った。前回、時計塔を上ったことが体力的に相当堪えたのか、今回も似たようなことにならないか警戒しているようだった。その様子が少し面白くてもう少し見ていたかったが、出発する時間だ。揶揄われたと思い、少し照れた様子のトウセイに背中を押されながら、グレンノルトは城を出た。
 
 *

「これは……蛍ですか? すごくきれいです!」
「私たちは、スターバグと呼びます。大樹があるせいか、今の季節はこの森に集まってくるんですよ」
「へぇ……スターバグ。すごい。すごくきれいですね!」

 森に足を踏み入れたトウセイは、その光景に驚いているようだった。笑顔を浮かべ、何度も「きれいだ」と呟いている。彼のそんな様子を見て、グレンノルトも安心したような、そんな気持ちになった。実は、この森を見て、トウセイが喜ばなかったらどうしようとほんの少しだけ不安だったのだ。

(喜んでくれて良かった……本当に)

 グレンノルトがそんなことを考えながらトウセイのことを見ていると、ふいに視線がぶつかった。トウセイは一瞬だけ目を丸くした後、すぐに視線を逸らす。そして気まずそうにグレンノルトの方に歩いてきた。なんだろう、もうこの光景に飽きてしまったのだろうか。心配になったグレンノルトが「どうかしましたか?」と隣に来たトウセイに尋ねようとしたとき、トウセイが小さな声で、「……景色、観ないんですか」とグレンノルトに問いかけた。

「景色、ですか? 観てますが……」
「……俺の方ばっかり見てたじゃないですか」

 トウセイの横顔は、少し赤くなっていた。グレンノルトはそこでようやく、彼が照れていることに気付く。なぜ彼が照れているのか、その理由は彼の言葉から自ずと察せれた。

(俺はそんなにトウセイのことを見ていたのか)

 グレンノルトにとってこの光景は一度見たものだ。言われてみれば確かに、森の景色を楽しむよりもトウセイの様子を伺う方を優先していたかもしれない。それでも、本人がここまで照れてしまうくらい熱心に見ていたなんて自分でも気づかなかった。なぜか段々とグレンノルトも、面映ゆい気持ちになって行く。見ていたことを否定すべきか。いや、事実であることを否定するのはおかしいだろう。そもそも、なぜ俺が照れているんだ。グレンノルトは静かに混乱した。

「すみませんトウセイ、あの」

 とりあえず謝ろう。そう思ったグレンノルトは、トウセイの前に立つ。そして彼の表情を、真正面から見てしまった。真っ赤に染まった頬、きゅっと閉じられた唇。逸らされた目は心なしか潤んでいるように見え、睫毛がフルフルと震えていた。いつもは穏やかな笑顔を浮かべるトウセイが、初めて見せた表情だった。

「……だ、大樹見に行きませんか」
「そう、ですね。行きましょう! あまり面白いことはありませんが」

 トウセイの言葉にグレンノルトは頷き、大樹への道を案内した。歩いている最中、トウセイと話しながらグレンノルト脳内で様々なことを考えた。なぜ自分は今、先ほどよりも緊張しているのか。照れる気持ちを超え、心臓がバクバクとなってしまっている理由は何か。そして、ついさっき見たトウセイの表情。初めて見た表情だった。そんな彼を見て、間違いじゃなければ、俺は___

(可愛い、と思ってしまった)

 *

 大樹の根元に座り、景色を見ながら2人は話した。トウセイはもう気持ちが落ち着いたのか、いつもの調子に戻っている。問題だったのは、グレンノルトだ。気持ちが落ち着く気配なんてない。トウセイの一挙手一投足に反応しそうになり、トウセイの言葉1つで心臓が跳ねた。なんとか自分の状況を悟らせないようにと、普段のように振舞おうとしたが、うまくいっているかは分からない。ヒマワリのこと、カンジのこと、そして名前のこと。彼が話す言葉は耳に心地よく、なのに心臓が落ち着くことは無い。彼がすぐ隣にいることに緊張しながらも、頭のどこかで、今のこの時間がずっと続けばいいと考えた。

(これは……いや、まさか)

 宿に戻ってからも、グレンノルトはぐるぐると考えた。自分の中にある1つの可能性。それが当たっているのか、外れているのか、身がよじれるほどに悩み苦しんだ。今さらだが、グレンノルトはこれまでの人生の中で誰かを好きになったことはない。いつだって、誰かから好きになられる立場だった。だから、自分が抱いているこの気持ちが、他人の言う「好き」と同じなのか結論が出せない。グレンノルトは悩み、考え、そして___

「シャワー終わりましたー。あれ? グレン? そんなところで何を」
「う、薄着で歩かないでください!」

 シャワーから上がった彼の姿を直視できなかったこと。その事実を受け止め、ようやくグレンノルトは、自分がトウセイを好きになっているということを認めた。
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みんなの感想(1件)

さくらこ
2024.11.10 さくらこ

とっても面白いです!続きが気になります🤣

また書いて下さる事願ってます!

解除

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