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6 温かな人たち

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「西の町に魔物が出たんだってよ」

 魔女と今月のお茶会をしてから数日後、夕食を食べながらヘンドリックがそんなことを話した。

「まあ、大丈夫だったのかしら?」
「いつもは町の警備隊が警備してるらしいんだが、そのときはたまたま国の騎士団がいたらしくてな。騎士団が追っ払ってくれたって、道具屋のトニーが言ったぜ」

 マーサは、「そう……」とほっとした表情を浮かべた。西の町、魔物___間違いない。魔女の予言に登場したことだ。まさか、お茶会から数日しか経ってないうちに魔物が襲撃するなんて……しかし、話を聞く限りは騎士団が対処してくれたらしい。けが人がいなければいいなと、俺はそう思った。

「トウセイ、スープのおかわりはいる?」
「いただきます、マーサさん」

 俺は、マーサにスープの器を渡しながら予言について考えた。残りの予言は、花屋で起こる火事と名馬の誕生だ……起こる日時まで予言できたら良いのに。マーサが装ってくれたスープを飲みながら俺は思案した。実は、魔女の予言は一般には公開されないものだった。転移者の存在だって噂程度のものだ。異世界から人間が喚ばれているのは知っているが、誰が転移者なのかまでは知られていない。知っているのは城にいる人や騎士団の人たちだけだ。だからもちろん、マーサやヘンドリックが、俺が転移者だとは知らないし、俺が魔女をわざわざ「遠くに住む友人」と騙ったのもそのためだった。

「ごちそうさまでした。おいしかったです、マーサさん」

 マーサは俺の言葉を聞いて、「ありがとう」と嬉しそうに笑った。ヘンドリックは、このまま食後酒を楽しむようだった。俺も誘われたが断った……たまには夫婦2人でゆっくり過ごして欲しい。居候がいる前ではできない話もあるだろうし。最後に2人に挨拶をしてから俺は自分の部屋に戻った。

 *
 
 この家は、調理場を挟んで表がグラノ・ベーカリー、裏が夫婦で過ごす場所となっている。2階は物置や空き部屋など。その中の一室を俺が借りていた。部屋に入り、俺はベッドに腰かける。このベッドは、古く買い手もつかないからと道具屋の主人が譲ってくれたものだった。今着ている服はヘンドリックが昔着ていたものだし、履いてる靴は、偏屈な靴屋の店主が「俺の前でそんな下手な靴を履くな」と言って贈ってくれたものだ。俺は、たくさんの人に助けられてここにいる。なのに___

「疑え、か……」

 魔女が最後に俺に授けた予言。疑え、そして信じろ……信じるはともかく、疑うなんて本音を言えばしたくない。他人を疑って生活するなんて、疲れるだけだ。それに……

「みんなを疑うなんて、したくないな……」

 きっとみんな、俺が普通じゃないって気づいてる。だって、突然現れて「行き場がありません」なんて言う人間、普通は怪しむに決まってるのに。それでもみんな、俺を受け入れて助けてくれてる。マーサやヘンドリックなんて、住む場所まで与えてくれた。そんな彼らを疑うなんてしたくない。

「___止めよ、考えるの」

 頭の端に、思考の外に。魔女に言われた言葉を外へ外へと追いやっていく。代わりに考えるのは、例えば今日の接客の出来だったり明日の過ごし方だったり、もっと自分にとって身近なことだ。ようやく町での生活に慣れ始めた俺にとって、この生活を続けるために考えることは沢山あった。そうして俺は、一度も外れたことのない魔女の予言を忘れることにした。
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