異世界に召喚され生活してるのだが、仕事のたびに元カレと会うのツラい

だいず

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3 晴れた日の午後

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 帰りの馬車も静かなものだった。ゴトゴトと馬車が走る音、そして馬車が揺れるたびに鳴る同乗者の鎧の音だけが聞こえる。今日は天気のいい日だった。紅茶とクッキーでお腹が膨れ、心地よい睡魔に襲われる。この後は魔女の予言を伝えに、城に居る王のところまで行く予定だ。城まで、あと30分はかかるだろう。ならば少しくらい寝てしまっても、いや仕事の途中で寝るのは流石に___そう考えながらうつらうつらしていた俺は、いつしか睡魔に負け、馬車の走る音も聞こえないほどに深く寝てしまった。

 *

 しばらく道を走っていた馬車が、目的地でもないのに走るのを止めた。ほどなくして御者が申し訳なさそうに荷台の扉を開ける。

「申し訳ありません、トウセイ様。どうやら馬の調子が悪いみたいで。少し休ませても、シ、シルヴェスター様!」

 御者は慌てて帽子を取り、頭を下げた。反射的な行動だった。御者は本人から、「自分はいないものとして扱ってくれ」と言われている。実際、今まで御者が礼を尽くして来たのはトウセイに対してだけだった。未だって馬の調子が悪いから少し休憩させようと思い、そのことをトウセイに伝えようとしたわけだが……シルヴェスターと呼ばれた男は御者に向かって「顔を上げろ」と声を掛けた。

「見ての通りトウセイ様はお休み中だ。馬の調子が悪いと言うことなら仕方がない。水を飲ませるなり休ませるなり好きにしろ。出発するときにまた声をかけろ」

 御者は思わず「分かりました」と言いそうになったのを堪えて、こくこくと頷いた。開けたときとは違い慎重に音をたてないように荷台の扉を閉め、背を向ける。そして荷台の後方に回ると、積んであった水を取り出して馬に与えた。しかし、その馬の世話をしている最中でも気になったのはやはり荷台にいる2人についてだっだ。

「可笑しいなぁ……2人は仲が悪いって聞いたんだけど」

 さっきの様子を思い出して、御者は首をひねる。仲が悪いなんて誰かの冗談だったのか。いやでも馬車の中で会話してる所は見たことないしな……2人について疑問に思いながらも、それでも御者は「まあ自分には関係ないか」と割り切った。馬車に乗る人間がどんな人たちであれ、自分の仕事は馬を走らせることだ。よほど喉が渇いていたのか、美味しそうに水を飲む馬の首を御者は撫でる。

「しっかし、すごい光景だったよ。あの二人は。まるで、教会で見た宗教画みたいだったぜ」

 晴れた日の午後、御者のそんな呟きを馬だけが聞いていた。

 同じころ。馬車の中では2人の人間が座席に座っていた。一人の人間は、寝息を立て気持ちよさそうに寝ている男。年齢は20代前半くらいだろう、伏せられた目の睫毛は意外に長く、黒くきれいな髪をしている。その身体には、銀色の刺繍がされた赤い布が掛けられていた。もう一人の男は、銀の鎧を着た男だった。年齢は黒髪の男と変わらないか、少し上くらいだ。明るいブロンドの髪に、甘く精悍な顔立ちをしている。鎧を着た男は短く息を吐いた。彼が起きる前に、こんなこと止めなくては。きっと彼は喜ばない。それどころか、怒って機嫌を悪くするだろう。赤い布は、鎧の男が羽織るマントだった。寝ている彼が身震いしたのを見て、思わずその身体に掛けてしまった。鎧の男は眠る彼を見た。けれども、もう少し。もう少しだけ、彼が心地よく眠れるよう、このままでいよう。

「___トウセイ」

 王国騎士団団長、グレンノルト・シルヴェスターは寝ている男の名前を静かに呼んだ。
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