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3話
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「お、お前の紛らわしい名前のせいか!」
ノースはバンと机を叩いて勢いよく立ち上がった。衝撃で、机の上の置いたカップがカチカチと揺れている。
「俺は召喚魔法だけは自信があったんだ。なのに、クソ。ツバメだかなんだか知らないが、お前のせいで、」
強い怒りを示す、険しい目と視線がぶつかった。美人というか、美形の怒った顔は迫力がある。俺は驚いてポカンとしてしまった。ノースが何か続きを言いかけて、ぐっと黙った。ノースが目を閉じて、肩を上下させて大きくため息を吐く。そして、腕組みをして俺を睨みつけた。
「つばめなんて鳥、俺は聞いたことがない。そもそもお前の服だってここら辺のものではないだろう。一体、お前はどこから来たんだ?」
「それなんですけど……日本、ここにはないですよね……?」
ノースは、「は?」と大げさに眉をひそめた。彼の反応に、またしても自分の予想は当たっていると確信した。正直、嘘みたいな話だが、考えつく限りではこれしかない。顔をしかめているノースに、俺は自分が元居た場所、21世紀の日本について説明した。
「あの、俺がいた国は日本っていう国で、すごく科学が発展してると言いますか……車とか電車が走ってて、みんながスマホやパソコンを持ってて……」
「クルマ……スマホ……?」
俺は説明しながら、自分の生活を思いだしていた。好きだったテレビ番組、大学入学と同時に購入したパソコン。実家の車は、俺の誕生日がナンバーになっていて、小さい頃は嬉しかったけど、最近は恥ずかしさも感じるようになった。そんな約20年間の記憶みたいなものが、遠い過去のもののように思える。自分の予想を声に出して言うと、それが確定してしまいそうで、正直少しだけ怖かったけど、それでも俺はノースを真正面から見た。
「はい。多分ですけど、その……こことは別の世界なんじゃないかなって」
俺の言葉を聞き、ノースが黄赤色の目を丸くする。さっきの喧しさとは対照的に、ノースは静かな声で「お前、異世界人か……」と呟いた。
*
2人だけの奇妙なお茶会も、幾分か落ち着きが出てきた頃、ノースはこの世界について話してくれた。この世界は大きく4つの大陸に別れ、それぞれの国が統治しているらしい。特徴的なのは、決まった国名がないことだ。そのため、国の話をするときは、それぞれの国が象徴する宝石の名前を使って、その国を呼ぶらしい。北にある国は『サファイア』、東にある国は『トパーズ』、西にある国は『ルビー』で、南にある国は『エメラルド』と呼ぶそうだ。この世界には、土地に名前を付けない風習があるのかもしれない。村や町、なんなら王都であっても名前は付けられておらず、「不便じゃないですか?」と聞いたら「別に」と返された。絶対不便だ。ちなみに、ノースがいる国、つまり俺が今いる国は『サファイア』である。
「魔力を持って生まれた者は、魔法使いとなることが普通だ。王都で国に使え、研究を行う者もいれば、俺のように個人で好きなように研究し、生活する者もいるがな」
「ノースは何を研究してるんですか?」
俺がそう尋ねると、ノースは「……教える義理はない」とそっけなく言った。何となく感じていたがこの男、かなり愛想が悪い。そういえば、人間嫌いだとも言っていた。他者と接するときは、誰が相手でもこんな風なのかな。でも、そこまで悪い人だとも思えなくて、不思議な人だなと思いながら、お茶を飲んで喉を潤した。
「確かに、異世界から人間がやって来た事例はある」
「本当ですか!」
「ああ、かなり過去のことだったとは思うがな。言っておくが詳しいことは知らないぞ。知ってる奴に聞け」
俺以外にも異世界からこの世界に来た者がいる。その事実に少しだけ安心した。もしかしたらその人が、元の世界への帰り方を調べて見つけているかもしれないし、そうじゃなくても何か手掛かりやヒントを残しているかもしれない。俺はさっそく、その詳しい人に話を聞こうと思った。
「どこにいますか、その人」
「いるとすれば『トパーズ』の王都、そこにある研究室だ」
研究室とは何かと聞けば、「そういえばこいつ、何も知らないんだった」という顔で教えてくれた。ノース曰く、研究室とは国に使える魔法使いたちがいる施設らしい。なるほど、つまり元の世界への帰り方について何か知っているかもしれない魔法使いは、『トパーズ』の魔法使いであり、その人は国に使えている。そういうことだろうか。
「じゃあ、そこまで連れて行ってください!」
「絶対に嫌だ」
「何でですか」
「人が多い、面倒くさい、俺がそこまでやる意味がない」
ノースは吐き捨てる言った。本当に愛想が悪い。すごく失礼だが、友だちいなそうだなと思った。
「そもそも今は時期が悪い。『トパーズ』の王が病気でもうすぐ死ぬんじゃないかと噂されている。そんな時に近づいてくる奴なんて相手もされずに警戒されて終わりだ。お前が『サファイアから来ました』なんて言ってみろ。崩御の噂を聞いて潜り込んできた、他国からのスパイだと思われて殺されるかもな」
「こ、殺すって……」
「あくまで可能性の話だがな」
俺は呆気に取られた。そんな、自分が殺されるかもしれないなんて、考えたこともなかった。
俺は今になってようやくこの世界と自分のいた世界は、全く別のものであると、そう感じることができた。
「……研究室は国の中枢にあるんだ。この時期に『トパーズ』の王都やそこの研究室に近づく奴なんて、誰であれ警戒する。いくらお前が自分は異世界人で帰り方を調べたいだけだと主張してもな」
打つ手なし、そう思った。実際そうなのだろう。元の世界に戻るためには情報が必要で、その情報を集めるためには『サファイア』を出て『トパーズ』の王都、そこにある研究室まで行くしかなく、しかし今の『トパーズ』は水面下で緊張状態にあり、近づけば相手にされない。命の危険さえあった。
「じゃあどうしたら……」
「知らん。おれで俺の知ってることは全部だ。説明したぞ。ほら、さっさと出ていけ」
「えっ、ちょっと」
ノースは、話は終わりとカップを片付け始めた。俺はもちろん慌てた。まだノースに聞きたいことは山ほどある。そもそもここ以外にどこに行けと言えばいいんだ。
「適当に村でも街でも探せ。迷子のふりでもすれば、優しいやつが拾って世話してくれるんじゃないか? 人攫いに気を付けろよ」
「今すぐ出ていてなんて、急すぎます!」
「『家にいれて、知っていることを説明するまで動かない。』お前が言ったことだろう。俺は今、お前を家にいれて、説明した。お前がここにいる理由はなくなった」
分かったら早く出て行けと、しっしっと手を払うノース。その冷たい言い方にカチンときた。少しは話の出来る人かと思い始めていたのに。俺はノースに抗議した。
「それは、ちょっと酷いです! 俺がこの世界に来た理由、原因はまあ、俺の名前かもしれないけど、ノースが鳥を召喚しようとしなければ、俺はここにいません!」
「は? 俺のせいだって言いたいのかよ!」
「げ、原因の一部はノースにもあるとおもいます。というか、あります。絶対あります!」
「……お、俺は別に」
ノースは押され気味だった。口ではああ言っているが、心では責任を感じていたのかもしれない。俺は立ち上がり、机をバンと叩いた。行くなら今しかない。
「あの、俺もここに住ませてください!」
「嫌に決まってるだろ!」
即却下された。けれどもここで、はいそうですかと引き下がるわけにはいかなかった。場所も分からない村や町を探して彷徨うのも嫌だし、その村や町に俺を助けてくれる親切な人がいるか分からない。しかも人攫いまで出るらしい。賭けで動くには、この世界は危険すぎる。この性格の悪そうな魔法使いに居候させてもらう方が、俺にとっては安全だろうと考えた。大丈夫だ。説得するための手札も十分にある。まず俺は床を指さした。
「部屋の隅に埃が溜まって、床に物が置きっぱなしになってます。掃除、できてませんよね」
「は、何を」
「お茶淹れるの見てました。正直、手際良くなかったです。料理の手際はどうなんでしょうか、ノース」
「お前」
「村から依頼があったって言ってましたよね。人とのやり取りは避けられないでしょう。誰かがそういうやり取りを変わってくれたら、楽になるんじゃないですか」
ノースは無言になった。
「料理、掃除、雑用、何でもします。だからどうか、ここにいさせてください!」
俺は勢いよく頭を下げた。言いたいことはすべて言った。これで断られたら、俺の負けだ。人攫いと出くわさないように祈りながら、彷徨うしかない。野犬とかいるのかなこの世界。いたら嫌だな。ノースもきっと迷っていたんだろう、すぐに返事はなかった。俺はその間、ずっと頭を下げ続けた。
「……三食、ちゃんと作れよ」
ノースは一言、そう話した。俺は顔を上げる。ノースは悔しそうな顔をしていた。俺はノースとの勝負に勝った。
ノースはバンと机を叩いて勢いよく立ち上がった。衝撃で、机の上の置いたカップがカチカチと揺れている。
「俺は召喚魔法だけは自信があったんだ。なのに、クソ。ツバメだかなんだか知らないが、お前のせいで、」
強い怒りを示す、険しい目と視線がぶつかった。美人というか、美形の怒った顔は迫力がある。俺は驚いてポカンとしてしまった。ノースが何か続きを言いかけて、ぐっと黙った。ノースが目を閉じて、肩を上下させて大きくため息を吐く。そして、腕組みをして俺を睨みつけた。
「つばめなんて鳥、俺は聞いたことがない。そもそもお前の服だってここら辺のものではないだろう。一体、お前はどこから来たんだ?」
「それなんですけど……日本、ここにはないですよね……?」
ノースは、「は?」と大げさに眉をひそめた。彼の反応に、またしても自分の予想は当たっていると確信した。正直、嘘みたいな話だが、考えつく限りではこれしかない。顔をしかめているノースに、俺は自分が元居た場所、21世紀の日本について説明した。
「あの、俺がいた国は日本っていう国で、すごく科学が発展してると言いますか……車とか電車が走ってて、みんながスマホやパソコンを持ってて……」
「クルマ……スマホ……?」
俺は説明しながら、自分の生活を思いだしていた。好きだったテレビ番組、大学入学と同時に購入したパソコン。実家の車は、俺の誕生日がナンバーになっていて、小さい頃は嬉しかったけど、最近は恥ずかしさも感じるようになった。そんな約20年間の記憶みたいなものが、遠い過去のもののように思える。自分の予想を声に出して言うと、それが確定してしまいそうで、正直少しだけ怖かったけど、それでも俺はノースを真正面から見た。
「はい。多分ですけど、その……こことは別の世界なんじゃないかなって」
俺の言葉を聞き、ノースが黄赤色の目を丸くする。さっきの喧しさとは対照的に、ノースは静かな声で「お前、異世界人か……」と呟いた。
*
2人だけの奇妙なお茶会も、幾分か落ち着きが出てきた頃、ノースはこの世界について話してくれた。この世界は大きく4つの大陸に別れ、それぞれの国が統治しているらしい。特徴的なのは、決まった国名がないことだ。そのため、国の話をするときは、それぞれの国が象徴する宝石の名前を使って、その国を呼ぶらしい。北にある国は『サファイア』、東にある国は『トパーズ』、西にある国は『ルビー』で、南にある国は『エメラルド』と呼ぶそうだ。この世界には、土地に名前を付けない風習があるのかもしれない。村や町、なんなら王都であっても名前は付けられておらず、「不便じゃないですか?」と聞いたら「別に」と返された。絶対不便だ。ちなみに、ノースがいる国、つまり俺が今いる国は『サファイア』である。
「魔力を持って生まれた者は、魔法使いとなることが普通だ。王都で国に使え、研究を行う者もいれば、俺のように個人で好きなように研究し、生活する者もいるがな」
「ノースは何を研究してるんですか?」
俺がそう尋ねると、ノースは「……教える義理はない」とそっけなく言った。何となく感じていたがこの男、かなり愛想が悪い。そういえば、人間嫌いだとも言っていた。他者と接するときは、誰が相手でもこんな風なのかな。でも、そこまで悪い人だとも思えなくて、不思議な人だなと思いながら、お茶を飲んで喉を潤した。
「確かに、異世界から人間がやって来た事例はある」
「本当ですか!」
「ああ、かなり過去のことだったとは思うがな。言っておくが詳しいことは知らないぞ。知ってる奴に聞け」
俺以外にも異世界からこの世界に来た者がいる。その事実に少しだけ安心した。もしかしたらその人が、元の世界への帰り方を調べて見つけているかもしれないし、そうじゃなくても何か手掛かりやヒントを残しているかもしれない。俺はさっそく、その詳しい人に話を聞こうと思った。
「どこにいますか、その人」
「いるとすれば『トパーズ』の王都、そこにある研究室だ」
研究室とは何かと聞けば、「そういえばこいつ、何も知らないんだった」という顔で教えてくれた。ノース曰く、研究室とは国に使える魔法使いたちがいる施設らしい。なるほど、つまり元の世界への帰り方について何か知っているかもしれない魔法使いは、『トパーズ』の魔法使いであり、その人は国に使えている。そういうことだろうか。
「じゃあ、そこまで連れて行ってください!」
「絶対に嫌だ」
「何でですか」
「人が多い、面倒くさい、俺がそこまでやる意味がない」
ノースは吐き捨てる言った。本当に愛想が悪い。すごく失礼だが、友だちいなそうだなと思った。
「そもそも今は時期が悪い。『トパーズ』の王が病気でもうすぐ死ぬんじゃないかと噂されている。そんな時に近づいてくる奴なんて相手もされずに警戒されて終わりだ。お前が『サファイアから来ました』なんて言ってみろ。崩御の噂を聞いて潜り込んできた、他国からのスパイだと思われて殺されるかもな」
「こ、殺すって……」
「あくまで可能性の話だがな」
俺は呆気に取られた。そんな、自分が殺されるかもしれないなんて、考えたこともなかった。
俺は今になってようやくこの世界と自分のいた世界は、全く別のものであると、そう感じることができた。
「……研究室は国の中枢にあるんだ。この時期に『トパーズ』の王都やそこの研究室に近づく奴なんて、誰であれ警戒する。いくらお前が自分は異世界人で帰り方を調べたいだけだと主張してもな」
打つ手なし、そう思った。実際そうなのだろう。元の世界に戻るためには情報が必要で、その情報を集めるためには『サファイア』を出て『トパーズ』の王都、そこにある研究室まで行くしかなく、しかし今の『トパーズ』は水面下で緊張状態にあり、近づけば相手にされない。命の危険さえあった。
「じゃあどうしたら……」
「知らん。おれで俺の知ってることは全部だ。説明したぞ。ほら、さっさと出ていけ」
「えっ、ちょっと」
ノースは、話は終わりとカップを片付け始めた。俺はもちろん慌てた。まだノースに聞きたいことは山ほどある。そもそもここ以外にどこに行けと言えばいいんだ。
「適当に村でも街でも探せ。迷子のふりでもすれば、優しいやつが拾って世話してくれるんじゃないか? 人攫いに気を付けろよ」
「今すぐ出ていてなんて、急すぎます!」
「『家にいれて、知っていることを説明するまで動かない。』お前が言ったことだろう。俺は今、お前を家にいれて、説明した。お前がここにいる理由はなくなった」
分かったら早く出て行けと、しっしっと手を払うノース。その冷たい言い方にカチンときた。少しは話の出来る人かと思い始めていたのに。俺はノースに抗議した。
「それは、ちょっと酷いです! 俺がこの世界に来た理由、原因はまあ、俺の名前かもしれないけど、ノースが鳥を召喚しようとしなければ、俺はここにいません!」
「は? 俺のせいだって言いたいのかよ!」
「げ、原因の一部はノースにもあるとおもいます。というか、あります。絶対あります!」
「……お、俺は別に」
ノースは押され気味だった。口ではああ言っているが、心では責任を感じていたのかもしれない。俺は立ち上がり、机をバンと叩いた。行くなら今しかない。
「あの、俺もここに住ませてください!」
「嫌に決まってるだろ!」
即却下された。けれどもここで、はいそうですかと引き下がるわけにはいかなかった。場所も分からない村や町を探して彷徨うのも嫌だし、その村や町に俺を助けてくれる親切な人がいるか分からない。しかも人攫いまで出るらしい。賭けで動くには、この世界は危険すぎる。この性格の悪そうな魔法使いに居候させてもらう方が、俺にとっては安全だろうと考えた。大丈夫だ。説得するための手札も十分にある。まず俺は床を指さした。
「部屋の隅に埃が溜まって、床に物が置きっぱなしになってます。掃除、できてませんよね」
「は、何を」
「お茶淹れるの見てました。正直、手際良くなかったです。料理の手際はどうなんでしょうか、ノース」
「お前」
「村から依頼があったって言ってましたよね。人とのやり取りは避けられないでしょう。誰かがそういうやり取りを変わってくれたら、楽になるんじゃないですか」
ノースは無言になった。
「料理、掃除、雑用、何でもします。だからどうか、ここにいさせてください!」
俺は勢いよく頭を下げた。言いたいことはすべて言った。これで断られたら、俺の負けだ。人攫いと出くわさないように祈りながら、彷徨うしかない。野犬とかいるのかなこの世界。いたら嫌だな。ノースもきっと迷っていたんだろう、すぐに返事はなかった。俺はその間、ずっと頭を下げ続けた。
「……三食、ちゃんと作れよ」
ノースは一言、そう話した。俺は顔を上げる。ノースは悔しそうな顔をしていた。俺はノースとの勝負に勝った。
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