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第二章
三日後
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6月5日信長は尾張に戻って来た。
目覚めたのは万松寺の池のほとりだった。
この三か月で慣れたとはいえ、水面に映るその顔は、まさに家康そのもので…やはり奇妙な感覚だ。
しかし、そんな感慨にふけっている訳にも行かない。
家康の顔を知っているものなどこの辺りには少ないが、万が一にでも知り合いに会えば大変な事になる。
なにせ今の家康は光秀の追跡を受けている真っ最中なのだから・・
本能寺の変からまだ三日しか経っていないこの状況をどうするか?記憶を頼りに改めて試行錯誤してみなければならない。なにせ私としては三か月前の記憶を呼び起こさなければいけない訳だから。
先ずはおねが待つ中村に戻るとしよう。
暫くは中国大返しや光秀討伐の小芝居に忙しく、秀吉は中村には戻らんだろう。
何と言っても宿題に応じた手前、そう易々と頼る姿も見せたくはないと自分の自尊心が言っている。
「中村に戻る事は当初の計画な訳だから・・おねを頼るのは良しとしよう。」
立ち上がり振り向き、紫陽花が見事に咲き乱れる池を眺め呟いた。
「やはり私ひとりだとここに出るのだな…」
山崎で秀吉と相まみえた光秀は、秀吉に大敗。
坂本へ逃げ帰る山中で落ち武者狩りに合い、あっけなくその生涯を閉じる事になる。
「本能寺の変」からわずか11日後、6月13日未明の事であった。
中村で静かに事の成り行きを見守っていた信長は服部半蔵からの知らせを聞いていた。
「万事うまく事は運んだという事だな。」
「はい。お方様はお怪我も無く、無事にお静様の元へお送り致しました。」
「良かった。安堵した。ふたりの事はこの後もしかと頼んだぞ。」
「承知しました。」
「ではそろそろ…我々も三河へ”戻る”とするか。」
信長は、極上の笑顔を半蔵に向けた。
「はい。そう致しましょう。皆さま”殿”のお帰りを首を長~くしてお待ちでございますよ。」
その言葉を聞いた信長は愉快そうに笑った。
徳川家康の消息を待つ岡崎城はにわかに沸き立っていた。
「数正殿~!半蔵殿から殿が見つかったと知らせが届きました~!」
「誠か!」
「はい!数日の後にはお帰りになるという事でございます。」
その知らせに徳川の家臣たちは大いに盛り上がった。
「正直、このまま殿がお戻りにならなければどうしたものかと冷や冷やしておりました。」
「誠に!いつまでも影武者という訳にもいきませんからな~。」
酒井忠次らは安堵の表情を浮かべたが、石川数正の胸中は複雑であった。
(さてと…どのような出で立ちであのお方は参られるか…)
服部半蔵を伴い「徳川家康」として信長が岡崎城に入ったのは「本能寺の変」から20日あまりが過ぎた頃であった。
歴史の歯車は新たに動き出した。
目覚めたのは万松寺の池のほとりだった。
この三か月で慣れたとはいえ、水面に映るその顔は、まさに家康そのもので…やはり奇妙な感覚だ。
しかし、そんな感慨にふけっている訳にも行かない。
家康の顔を知っているものなどこの辺りには少ないが、万が一にでも知り合いに会えば大変な事になる。
なにせ今の家康は光秀の追跡を受けている真っ最中なのだから・・
本能寺の変からまだ三日しか経っていないこの状況をどうするか?記憶を頼りに改めて試行錯誤してみなければならない。なにせ私としては三か月前の記憶を呼び起こさなければいけない訳だから。
先ずはおねが待つ中村に戻るとしよう。
暫くは中国大返しや光秀討伐の小芝居に忙しく、秀吉は中村には戻らんだろう。
何と言っても宿題に応じた手前、そう易々と頼る姿も見せたくはないと自分の自尊心が言っている。
「中村に戻る事は当初の計画な訳だから・・おねを頼るのは良しとしよう。」
立ち上がり振り向き、紫陽花が見事に咲き乱れる池を眺め呟いた。
「やはり私ひとりだとここに出るのだな…」
山崎で秀吉と相まみえた光秀は、秀吉に大敗。
坂本へ逃げ帰る山中で落ち武者狩りに合い、あっけなくその生涯を閉じる事になる。
「本能寺の変」からわずか11日後、6月13日未明の事であった。
中村で静かに事の成り行きを見守っていた信長は服部半蔵からの知らせを聞いていた。
「万事うまく事は運んだという事だな。」
「はい。お方様はお怪我も無く、無事にお静様の元へお送り致しました。」
「良かった。安堵した。ふたりの事はこの後もしかと頼んだぞ。」
「承知しました。」
「ではそろそろ…我々も三河へ”戻る”とするか。」
信長は、極上の笑顔を半蔵に向けた。
「はい。そう致しましょう。皆さま”殿”のお帰りを首を長~くしてお待ちでございますよ。」
その言葉を聞いた信長は愉快そうに笑った。
徳川家康の消息を待つ岡崎城はにわかに沸き立っていた。
「数正殿~!半蔵殿から殿が見つかったと知らせが届きました~!」
「誠か!」
「はい!数日の後にはお帰りになるという事でございます。」
その知らせに徳川の家臣たちは大いに盛り上がった。
「正直、このまま殿がお戻りにならなければどうしたものかと冷や冷やしておりました。」
「誠に!いつまでも影武者という訳にもいきませんからな~。」
酒井忠次らは安堵の表情を浮かべたが、石川数正の胸中は複雑であった。
(さてと…どのような出で立ちであのお方は参られるか…)
服部半蔵を伴い「徳川家康」として信長が岡崎城に入ったのは「本能寺の変」から20日あまりが過ぎた頃であった。
歴史の歯車は新たに動き出した。
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