いまさら!のぶなが?

華猫

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番外編

家康と弥太郎Ⅲ

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1885年2月…
のちに「三菱財閥」と呼ばれる三菱商会創業者「岩崎弥太郎」の葬儀が静かに取り行われた。享年50歳。

「もう少し長生きしてほしかった…」

弟の弥之助は溢れる涙を抑える事が出来ずにいた。

「仕方の無い事です。そもそも本来の歳はもう70歳はゆうに超えてましたからね。」

妻の喜瀬は力なく微笑んだ。

「兄が追放を解かれて戻って来た時の事が、昨日の事のように思い出されます。」
「その話は生前よく聞きましたね。まさか別人だとは思わなかったって。」
「はい。懐かしいです。それはそれは驚いたものです。」

二人は顔を見合わせてクスリと笑った。

「ましてや、家族にばれないように手を貸せなんて言われた時は、本当にどうしたらよいかと随分悩みました。しかし二人の兄の事…信じて良かった。他の弟や妹たちは弥太郎の顔なんてよく覚えてませんでしたから何とかなりましたが、父と母は薄々感づいていた事でしょう。そんな中でよくここまで来れたものだと自分でも驚いてしまいますよ。」
「そうですね。私も嫁に来てふたりからその話を聞いた時は驚きましたが、私にとっては弥太郎であろうが誰であろうが関係なかったですから。」
「はい…姉さまは一番兄さまを分かってましたから兄さまもここまで来れたんだと思います。」

二人は感慨深げに弥太郎の安らかな顔を見つめた。

「まぁこの人はこの時代に来て、好きは商いを思う存分楽しんだんですから本望でしょう。良い夫であったか、良き兄であったかは別として私達の人生を豊かなものにして下さったのは間違いありませんからね。」
「そうですね…その代わり、残された私達は子孫の代まで兄の遺志を守らなければいけませんね。」
「はい。私達はもうひと踏ん張りこの人の為に頑張りましょう。」




岩崎弥太郎・・
のちに日本の三大財閥のひとつと言われる三菱財閥の前身、三菱商会の創業者である。
岩崎弥太郎と名乗ったその男は故郷を追われた後、商売を学び、見分を広め数年後、故郷へ戻った。
戻った弥太郎は妻を娶り、土を耕し、庶民の厳しい暮らしを見つめ全ての経験を己の肥やしにし、混沌とする社会へ満を持して挑戦をした。
時代ときは幕末。
300年余り続いた鎖国から開国へ。
外国との貿易が盛んになり目覚ましく発展する海運業。
各地で「尊王攘夷」が叫ばれ、幕府派と攘夷派の戦いは日増しに激しくなり日本全土で需要が高まる武器の数々。
そこへ目を付けた弥太郎は失敗を繰り返しながらも諦める事なく突き進んでいった。
ありとあらゆる物が巷に溢れ、人が溢れ、商業は目覚まし発展を遂げて行く。
日本中の武士たちがいきり立ち、各藩はその莫大な利益を得ようと密かに画策し、各地の侍たちはこぞって商売に手を染めて行った。
激化する競争の中、弥太郎は己の才能を信じて果敢に対抗していった。

(武家の奴らの考えなど手に取るように分かるわ!)

弥太郎にとって夢にまで見た商人の道。
そして近代日本を渡り歩く事はこの上なく愉快で仕方がなかった。

「金儲け」一言で言ってしまえばそれまでだが、弥太郎の心に常にあったのは「大恩を返す事」だった。
この人生を与えてくれた織田信長へ、どんな形にせよ「恩返し」をする事がこの岩崎弥太郎である「徳川家康」の思いだった。

(信長様に恩返しをする事が私の務めだ。頂いたこの自由と持たせてくれた金があったからこそ今日の私がある。それを何倍にもして必ず返す!)

その決意通りに弥太郎は幕末日本で強大な力を蓄えて行った。




徳川家康が織田信長とはぐれてこの幕末の土佐に出た時から大凡30年。
「もしもの時に尋ねよ」と言われた先に徳川家康は初めて出向いた。

信長に渡されたその住所は今の静岡県浜松にほど近い静かな寺町であった。
そしてそこにその寺はあった。
「紫陽寺」
家康は信長に言われた通り名前だけを名乗った。

「私は徳川家康と申します。」

出迎えた住職は深々と頭を下げ家康を寺の奥へと案内した。

「私どもも詳しい事は存じ上げません。しかしこの寺は徳川家康公が晩年、自ら計画し内密に建立した寺でございます。」

「本人が…ですか。(やはり信長様がお建てになったんだ・・)」

「はい。そしてあなた様の事はその当時からこの寺に受け継がれておりました。この時期にお訪ね下さると…。」

「そうだったんですね!私が来る事を知っていたと!」

家康は感極まった。

(信長様は無事にこの先の未来に行ってらっしゃるんだ。そして過去からも未来からも私を案じておられた…)

家康は確信した。

(信長様に恩返しをするという私の考えはやはり間違っていなかった。)

「ご住職!こちらのお寺に寄付をしたいと思ってます。そしてそれとは別にこちらに預けたいものがあるのです。私の我儘を聞いて頂けますか?」

そして長年心に秘めていた計画を住職に告げた。

「私はもうそう長くは生きられないでしょう。ここを訪ねるのも随分と遅くなってしまいました。しかしお陰で大変充実した人生を送る事が出来ました。そこで自分の遺産として蓄えてきた金塊をこちらのお寺に預けたいのです。そしてこの先2054年にここに現れるお方にそれを渡して頂きたいのです。そのお方はこの寺にとっても重要な方で、私の大恩人です。それまでの管理は私の子孫とこちらにお任せ致します。但し、この子孫は1人のみで代々受け継ぐようにしておきますので身内だという他の者が現れても決して信用しないで下さい。そしてもう1つ。この事実はどんな事があっても2054年まで「他言無用」でお願いします。可能でしょうか?」

「承知いたしました。徳川家康と名乗られるお方の申し出は全てお受けするようにと、代々申し使っておりますのでご安心下さい。全力でお守りいたします。」

住職は穏やかな声でそう約束した。



その晩…
自宅に戻った弥太郎は妻の喜瀬を呼び一通の封書を渡した。
そこには「遺言」の文字があった。

「中を読んでくれるか。」

喜瀬は丁寧に折りたたまれたそれを取り出した。

「妻、喜瀬が決める後継者は1人。次代の後継者を決める者は前任者のみでこれを他言してはならない。毎年6月2日に必ず単身で、下記に記載の場所に出向く事。何も聞いてはいけない。知ろうとする事も許されない。2054年6月2日には同封の写真と共に必ず訪問する事。この願いが達成出来る事を私は強く望む。」

読み終えた喜瀬が封筒の中を覗くと、そこには3枚の弥太郎の写真が収めてあった。

「これがその写真ですか?」

「ああそうだ。これは私が果たせなかった約束を果たす為に、必ず必要なものなんだよ。」

そう呟く顔は真剣だった。



岩崎弥太郎が息を引き取ったのはそれから半年後の冬。寒い朝の事だった。





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