いまさら!のぶなが?

華猫

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第二章

逃走

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本能寺を出た信長はまだ薄暗い早朝の闇に紛れ、ひたすら馬を走らせた。
急がなければ夜が明けてしまう。
先ずは京を出なければいつ誰に見つかるとも限らない。
目指すは尾張中村。
ただひたすら走り続けた。
いったいどのくらい走り続けただろう。
馬の交換で、やっと一息入れた頃には頭上から燦々と太陽が照り付けていた。

(まだ先は長い。グズグズしてはいられない・・)

疲労困憊の身体に活を入れ、再び馬に跨ると憑りつかれたように走り出した。
やっとの思いで尾張に辿り着いたのは陽もとっぷり暮れた後だった。
さずがに五十才の身体には堪えるな…などと考えながらふと、家康の事が心配になった。

(家康は堺を抜けだす事が出来たのか?無事にここへたどり着けるだろうか・・)

漆黒の闇の中、中村に着いた信長は羽柴の本宅に用意しておいた隠れ家へ身を寄せた。
疲れた身体を休め、ウトウトしていると、僅かに扉を叩く音が聞こえる。
信長はじっと息を潜めた。

「お館様、私です。おねです。」
「おねか・・」
「はい。お待ちしておりました。」

静かに扉を開け秀吉の妻のおねが顔を覗かせた。

「お館様、大丈夫ですか?お疲れでしょう。お食事を持って参りました。お着換えなど必要とされる物はあらかじめこちらの別邸に全て準備しておりますが、足りない物がありましたら仰って下さい。」
「そうであったか…すまない。十分だ。家康が到着したら早々に出立するつもりだから心配はいらない。」



遡る事4日前。
堺にいた徳川一行の重臣たちは家康に内密に呼び出されていた。

「何やら先日の信長様の宴で光秀の恨みを買ったらしい。光秀が内密に私に間者を送ったと知らせが入った。私は暫くこの堺に隠れているから、お前たちは早々に逃げよ!念の為影武者を連れていけ。私が別行動だとは決して知られぬようにな。」

この後、信長が本能寺へ入ったという知らせを確認し、家康が尾張中村へとひとり出発したのは5月31日の早朝であった。
その翌日、家康の言葉を信じた家臣たちは影武者を従え、光秀の間者から逃れる為に堺を後にした。
この後に起こる本能寺の変など、この時は知る由もなかった。

光秀の間者だと思い込み必死に応戦し必死に三河へ向けて帰路についていた家臣たちが、本能寺の変の知らせを受けたのは堺を出て三日後の事だった。

「もしかして殿はこの事を知っていて私達を逃がしたのではないのか?」
「まさか・・殿がそこまで考えていたとは信じがたいが・・」
「しかし、あまりにも偶然すぎはしないか?」
「よく考えてみたら・・光秀の間者ごときなら我らの人数でも返り討ちにするには事足りたであろう?」
「確かにそうだ。でも殿は逃げろと言った。」
「そうだ・・逃げろと言ったんだ・・」
「殿は…ご無事であろうか・・」

家臣たちは項垂れた。

「そうだとしても、殿が望んでなされた事だ。今となってはどうする事もできん。ならば我らがこれからしなければならない事は、無事に三河へ戻りいつでも殿を助けに行ける準備をする事だ!」
石川数正は家臣たちを鼓舞した。
それを聞いた家臣たちはみな一様に「三河へ帰るぞ!」と意気込んだ。

光秀の追手から逃れながら、執拗に出くわす落ち武者狩りなどと懸命に戦う様は壮絶極まるものだった。
挙句の果ては伊賀ものに難癖を付けられ足止めされるなど散々たる困難にもぶち当ったが、幸いにも服部半蔵の気転で何とか伊賀から脱出し、家康の影武者を連れた、石川数正率いる家臣たちが、やっとの思いで三河に辿り着いたのは本能寺の変から5日が過ぎた頃だった。

九死に一生を得た家臣たちは、その疲れなど微塵も見せず、数正の元、その忠誠心を再確認し、家康救出の機会を虎視眈々とうかがっていた。



早々に堺を出た家康は、早馬に見せかけ疾走して来た信長とは対照的に、商人になりすまし悠々と尾張に入った。
そして中村の羽柴別邸に辿り着いたのは6月2日から間もなく日付が変わろうとしていた深夜であった。

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